WEAKEND
- 創作コンテスト2016 -

Lttr.






拝啓、何処にもいない人へ。






お久しぶりです。

こうして誰かに手紙を書くなんて、何年ぶりかで少し緊張します。

貴方宛てには、手紙なんて書いたことなかった気がしますね。不思議。これが初めてなんて。


実は、何を書こうと決めていた訳ではたりません。

こうして、いざ便箋を前にしたら、するすると言葉が出るかもしれないと思ったけれど、そうでもないみたい。


貴方がいなくなって、随分経ちました。

私の腕に抱かれて泣くことしか出来なかった私達の娘は、立派にお喋りをし、笑い、独りで歩くようになりました。

反対に、あんなに屈託無く笑っていた私達の息子は、妹と母を守ろうと意気込み、あっという間に大人になってしまったような気がします。

まだまだこの子も甘え足りない年頃の筈なのに、私がもっとしっかりしていれば。そう悔やんで止みません。


あの時こうだったら。こうしていれば。

そうやっていつまでも叶いもしない過去を、現実を嘆き続ける私は、愚かでしょうか。

あの時、貴方などいらない、待たないと叫んだのは、一体どんな私だったのでしょうか。

自分の身体なのに思う通りにならず、苛々としていたのは確かで、それを自分の所為だと言い張る貴方も許せなかった。もっと素直になって、なりふり構わず貴方を止めることが出来たなら、






ごめんなさい、ちょっと感情的になってしまいました。黒く塗りつぶした所は見えないフリをしてください。

手紙って、難しいですね。下書きでもすれば良かったかな。書き直す事が出来ないから、すごく、変な文章になってしまう。なんて書いていて、貴方と大喧嘩した時の事を思い出しました。私の方が感情的になって、貴方はいつも冷静で、支離滅裂なことを言っている自分に途中で気付いても、貴方の涼しい顔が憎らしくて止められなくなったり。そんな時に仲裁に入ってくれたのは、いつも私達の息子でした。


覚えていますか。家族になろうと、私に言ってくれた日を。

父を喪った貴方、兄を亡くした私、たった独りで彷徨っていた息子。

そんな三人だからこそ、強く結び付いて一つになれると貴方は言いました。

そして産まれた娘が、私達を本当の家族にしてくれた。

貴方と私であの時、そう泣いて喜んだのに。




何だかとりとめも無く随分と長く書いてしまいました。読み返すと破りたくなりそうなので、このまま終わらせることにします。だって、この手紙は貴方には届かないのだから。



それでも、やっぱり、私は。

貴方はまだ、この世界の何処かにいるのだと、心の何処かで信じているのでしょう。


XXXX.XX.XX.


M.M






++++++++






目の前の紙に書かれた全文を読み終えてなお、ミカはただただその文字達を見つめていた。

記憶の片隅に押しやっていた思い出が、くっきりと鮮やかに甦ってきた。




何気ない日常の、とある日のこと。

その日は、近所の子供達が集うこども会に二人が参加していた。

帰ってくるなり、二人は、私に1枚の紙を差し出す。

可愛らしい装丁の、よくある1枚の便箋。

おかあさんのぶん!と笑うサキに並び、ジンが説明してくれた。


今日、こども会に風魔法のスペシャリストが来ていて、魔法のかかった手紙を皆で書いた。

特別な紙に手紙をしたため、鳥のかたちに折って、空に向かってふうっと息で飛ばしてあげる。

そうすると、手紙を届けたい相手のもとへ自ら羽ばたいて届けるという。


ペリドットで日光浴、ムーンストーンで月光浴、そしたらそれは魔法のおてがみ。

そう歌いながらはしゃぐ二人の姿がとても微笑ましかったのも、よく覚えている。




そして今、ミカの目の前にあるもの。

間違いなくその時彼女が折った、折り紙のハヤブサだった。

つい先程、夜も更け闇を切り取る窓からひらりと飛び込み、驚く間も無くはらはらと折り目をほどいて手紙をさらした姿。



何故、今になって、ここに、戻ってきたのか。

差出人の元へ戻る魔法など、かかっていない筈なのに。



ミカはふと、背後の本棚を振り返る。

その一角には、家族三人が笑う写真立ての前にちょこんと置かれた2羽の紙の鳥があった。

少々いびつに傾く鳥たちは、こどもの手によるものだと思えば愛敬があって可愛らしい。


・・・そうだ。

手紙の鳥達はあの時、私の手元にやって来たあと、するするとほどけて便箋に戻り、二人ぶんの絵手紙へと変化した。

そう、一度誰かに見られた便箋は鳥には戻らない。あの2羽のように、誰かが再び折ったりしなければ。

そして、差出人の元へ戻る筈がない。誰かが、ミカへ向けて、再度紙のハヤブサに、命を、文字どおり吹き込まなければ。




『生きている。そんな気がするの』

つい先日、友人に向かい呟いた言葉が脳裏をよぎる。

何のメッセージも無いけれど。何の確証も無いけれど。



残された折り目にそって、鳥を折り直す。

再び現れたのは、きっちりと、でもちょっとだけバランスが悪い、紙のハヤブサ。



「・・・何処かに、いるの?」




照らす月に向かい、呟いた。

何故だか可笑しくなって、独り笑い、溢れてきた涙を拭った。






拝啓、何処かにいる人へ。


私は、結局今でも、貴方を。







Fin.




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