※捏造設定有
もう、今となっては遠い記憶。
覚えているのは、
『おいで。一緒に行きましょう』
『・・・うん』
ぎゅっと握り返してきた、小さな小さな手の温かさ。
<Gift.>
「母上!只今帰りました!」
入口から、元気な声がする。
鍋の火を弱めながら、振り向いた。
「お帰りなさい、サキ。早かったわね?」
「はい!今日は母上特製のロトトのシチューですから」
パタパタと駆け寄ってきた娘は、私の顔を見直して、ふと笑顔を曇らせた。
「あ、そうだ・・・あいつも誘いましたが、ダメでした・・・」
「・・・そう。いいのよ、サキが気にする事じゃないわ」
「しかし!まったくジンめ、好物だろうに、何を考えているんだ!」
「はいはい、食事にしましょう。制服を脱いでいらっしゃい」
はい、と聞き分けのよい返事をして、娘は自室へと急いで消える。
ショートにした黒髪を、なんとなく、眼で追いかけた。
天使軍。
巨大な城に、37小隊、千を超える天使が集う、その頂点にいる存在、「神」。
・・・その実を知るものは、側近天使の中でも限られる。
「ミカ」
「はい、ジオディ様」
「ミカは、ジン=ホリィをどう思いますか?」
ぱちり、と目瞬いた。
振り仰いだ王座、紗(うすぎぬ)の向こうでかの人は微笑んでいる。
「・・・どう、とは」
「もう、十何年も前の事ですか。お前がかの子供を連れ帰ったのは。お前の息子としたのは」
「・・・ええ、」
「彼は果たして、聖剣エクスカリバーを持つにふさわしい存在なのでしょうか?」
突然の問いに、息を詰まらせる。
聖剣・・・いや、魔剣エクスカリバーに関する忌まわしい記憶が、よみがえった。
「その昔、魔界から多くの魔王が攻めてきた時、千と二十四の首をとりその者たちの怨念が宿るといわれる。使用者に災いをもたらすと言われる魔剣」
「お前が天魔大戦にて、言い伝えにふさわしい活躍をしたのは周知の事実です。そしてその一方でお前の、聖力の突然の喪失はその呪いなのではないかというまことしやかな噂も」
つらつらと並ぶ言葉は、宙を漂い霧散してゆく。
「ジオディ様」
「なんですか、ミカ?」
「あなたは・・・あなたは何故、あの者に・・・ジン=ホリィに、聖剣エクスカリバーの佩剣を許されたのですか」
口をついた問いかけに。
神はただ、ふわりと笑っていた。
側近天使の執務室を出て、任務科に向かった。
入口で、たまたまユノを捕まえる。
「あれ、ミカさん。珍しいですね、どうされたんです?」
「ちょっとね、調べてほしいことがあって。大天使の任務記録あるかしら?」
「あー、ジン君ですか。最近、珍しく任務には前向きですよ?討伐系ばっかりですけど・・・なんかむしゃくしゃしてんですかねえ、いつも以上に眉間に皺よせてますよあの子」
分厚いファイルをがさがさとめくりながら、そのうち何枚かを指し示していく。
ランクはBやC、確かに魔獣の討伐依頼が多い。
「報告書は出しに来てるかしら?」
「ああ、これとかこれですよ。この間リジェットに珍しく怒られてそれから渋々といった感じで。だいたい一言しか書いてないですけど・・・特に問題行動は見られませんね」
「リジェット君も怒るのね・・・そしてジンが言う事聞いたのね」
「まあ、リジェットっていうか、たまたま居合わせたサキちゃんの方がマジギレしたんですけどね」
ドラゴンクラスはいないものの、どれもレベルの高い任務ばかりを苦も無く終わらせているらしい。
剣の影響は出ていないようで、安心した。
「一度ミカさんからもあの子に言っていただけません?報告書はせめて3行にしてって」
「会えたら伝えておくわ」
そう笑って、任務科を後にした。
久しぶりに、あの子と話をしたくなった。
そしてそのチャンスは、思いのほか早くめぐってくる。
「珍しいわね、ジンからお誘いがあるなんて・・・嬉しい」
「別に、金ぐらいあるし」
「いいのよ、たまにはお茶ぐらい奢らせて」
コーヒーを手渡し、ジンの座るベンチに並んで腰掛ける。
城内の公園には、今はほとんど人影がない。
・・・遠く離れた花壇には、色とりどりの花があふれている。
「ミカさん」
「うん?」
「この間は、行けなくて・・・悪かった」
「この間・・・ああ、シチューの」
嗚呼、相変わらず、優しい子だ。
「いいのよ。でも、食べたくなったら言って。いつでも作るから」
「・・・ああ」
「・・・ミカさん」
「ん?」
「オレは、あんたを、超えてみせるから。心配すんな」
唐突に、ジンはそう言った。
腰に佩いた剣——魔剣エクスカリバーを、握り締めて。
「オレは、ミカさんに拾われた。あんたらに育てられた。あんたと、あの人を見てきた。あの人の背中も見送った」
「・・・ジン?」
「オレと出会った時、そして大戦時。この剣とミカさんとあの人に何があったか、全部聞いてる。全部知ってる」
「・・・聞いたの?誰に?」
「ジオディとヨーイフに」
エクスカリバーを欲しいと言った時に全部、とジンは言う。
「だからこそ、オレは大天使になった時、この剣を絶対に使役してみせると、決めた」
「オレの為にも。ミカさんと、あの人のためにも」
『ねえ、自分を責めるのはやめて。私は大丈夫、あなたとこの子達がいれば、それでいいの』
『それでも、俺は俺自身を赦すことが出来ない。ジオディ様にこの剣の使用禁止を願い出たのは俺だ。俺が、止めねばならなかった』
『大戦を終わらせるためにはこの剣が必要だった、ただそれだけでしょう?ねぇ、治療なんか要らないわ、あなたがそばにいてくれるなら——』
『・・・すまない』
そうして私達を置き去りにした、黒髪の背中を思い出す。
『俺のためにも、お前のためにも・・・俺は、行かねばならない』
「オレのためにも、ミカさんとあの人のためにも・・・オレは、この剣を使い、最強の天使——大天使で、あり続ける」
「・・・ミカさん?」
気付けば、涙があふれていた。
この子は、優しい。
「ありがとう、ジン」
この子は、今、皆に思われているような子では無くて。
ただ、不器用なだけで、優しい子なのだ。
それは昔から変わらなくて、
『見て、ジン。この子が、あなたの妹よ』
『ほら、ジン。挨拶しなさい』
『は、はじめまして!』
「あなたたちは、私の宝物だわ」
金色の頭を抱き寄せた。
少しの抵抗の後、ジンは黙って、身を任せてくれた。
「ねえ、ジン。お願いがあるの」
「・・・」
「久しぶりにね、呼んでくれないかしら」
しばらくの、沈黙の後。
小さな声で、母さん、と呟いた声に、私はまた涙を落とした。
思い出すのは、ただただぬくもり。
『おいで。私があなたを守る』
『・・・うん』
あの時、私が握ったのは、とても大切な宝物。
Fin.