WEAKEND
- 創作コンテスト2015 -

※VS後半ネタバレ含
※捏造過多





——愛があるなら、手を差し伸べて


——泣いてるあの子も、笑顔に変わる



いつもの歌が、辺りの空気を包み込む。
友達たちも、お手伝いさんたちも、そして院長も。
みんなの心に一体感が生まれている。
そんな感じ。



——ララカお姉たん。

みんな、この人と一緒に歌っている。



よくこの孤児院に遊びに来てくれて、ごはんも作ってくれて、特に今日はりんごを持って来てくれたお姉たん。
さっきまで泣いていたぼくにりんごを切って食べさせてくれた。


院長の言ったとおり「お腹が空いていた」のもあるけど、ほんとはそれだけじゃない。


昨日の夜、「あの日」を夢に見ていたから。
それがまた、頭にこびりついて離れなくなっていたんだ。
つい昨日までは思い出さないようにしていたのに、またあふれ出していた。

だからお姉たんがりんごをくれた時、ほっとしたんだ。
今いるのはもう「あの時」じゃないんだって教えてくれたような気がして。



今は天魔大戦の最中。

ぼくが住んでいた家と町は天界の敵——いわゆる「魔族」と呼ばれるやつらに壊された。
お父さんもお母さんも、ぼくを遺して遠い世界に行ってしまった。



あてどなく逃げ続けて、ようやく行き着いたのがこの村だった。
周りの人がぼろぼろになっていたぼくを見てざわめく中、院長がかけつけてくれたっけ。

そしてぼくは院長に手を引かれるまま、この孤児院に入ったんだ。



歌が終わって、拍手とみんなのコールがひびく。
わー、とか。
すてき、とか。
お姉ちゃんさいこー、とか。
もう一回、とか。

つられてぼくもそっと拍手を送った。


「じゃあ。お姉ちゃん、みんなのご飯作って来るね!」

コールが収まったのとほぼ同時に告げるララカお姉たん。
ぼく含めてほとんどの子が喜んでいたけど、中にはちょっと残念そうに見つめる子もいた。
「いつもの歌うたって」と頼んでた女の子だ。
お姉たんはそれも見逃さずにくすりと笑って、しゃがんで、こう言うんだ。

「ご飯が終わったら、また一緒に歌おうね」

「ほんと!?うれしい…!!」

女の子は心から嬉しそうに顔を綻ばせる。
その子だけじゃない、他の子も何人かが同じ反応をしていた。
ほんとにあの歌が気に入っているんだな。
………ぼくもだけど。


ここには、ぼくと同じ境遇に陥った子がたくさんいる。
ぼくのように家族を失って魔王軍から逃げ続けてここに行き着いた子や、どうしようもなくなって死にかけていた家族の人が「子供だけでも助けて」と言ってこの村に託した子。


そう。
みんな「家族」がいないんだ。

そんな行き場のない子供たちのためにこの施設があると、まえに院長やお手伝いさんに聞かせてもらった事がある。
ぼくだけじゃない。
きっと、みんなにそう教えてくれているんだ。

だからなのか、赤の他人なはずのぼく達を本当の家族みたいに接して、育ててくれている。
一緒に遊んでくれたり、ご本を読んでくれたり、歌を歌ってくれたり、ご飯を作ってくれたり。
中でもララカお姉たんは住む家もちがうのにほとんど毎日来てくれて、いつも明るくて、やさしくて。
みんなにもすごく人気があるんだ。


おかげで今、こうしておだやかな日々を送れる。
いつも笑っていられる——




「ご飯出来たよー!!」


しばらくして、お姉たんが笑顔で呼びかけてくれた。
ぼくも含めてその場にいたみんなが一斉にふり返る。


「わーい!」

「おなかすいたー!」

広間に向かって走り出す友達たち。
たしか、青葉汁…って言ってたっけ。
どんな味がするんだろう。
まだ食べたことないからちょっと楽しみ。


ひとりだけ、ここを動こうとしない子がいた。
お手伝いさんが一生けんめい諭していたけど、何も変わらない。

お姉たんはそこに気がつくとその子の方へ歩みより、そっと問いただす。

「どうしたの? ご飯の時間だよ?」


「……ないの」

「ん?」

「———がないの!」

「そっかぁー。それは大変!じゃあ……」


何かはわからないけど、さがしものみたいだ。

さっき、りんごを食べたばかりなのにまたお腹が空いてきた。
みんなはもう席についている頃だろう。
ぼくも広間に行こう。



少ししてから、さっきの子もララカお姉たんやお手伝いさんといっしょに席についた。
さがしものが見つかったみたいで安心している。

「探してくれてありがとう!」

「ふふ。どういたしまして」

「今度からは、大事に持っておこうね」

「うんっ!」

お手伝いさんとララカお姉たんの言葉に、あの子は大きくうなずいた。



「みんな、席についたかしら?」

院長のゆったりとした声で、ざわついていた広間中がしんと静まり返る。
これからまた、いつもの挨拶が始まるんだ。
お食事まえのぎしきみたいな。


「それじゃあ、手と手を合わせて…」

言われたとおり、みんな一斉に両手を合わせる。
ぼくらだけじゃない、お手伝いさんたちも。
もちろんララカお姉たんも。


「いただきます」

「いただきまーす!!」


かけ声と共に、スプーンを手に取った。
お姉たんがさっき言ってた「青葉汁」から口に入れると、今までにない独特な香りとやさしい味が口いっぱいに広がって。


「…おいしい」

思わずぽつりと口に出した言葉。
お姉たんが言ったとおり、元気が出たとさえ思える。
それはその場にいた誰もが同じみたいで、口々にお姉たんに向けて同じことを言っていくんだ。


「おつゆ、おいしー!」

「ララカ姉ちゃん、コレすっげーうまい!」

「こんなの初めて!」


「ありがと。そう言ってもらえて、青葉たちもきっと幸せだよ!」

「よかったら今度、作り方を教えて頂けますか?」

「お安い御用です!後でレシピをお渡ししますね」


こうして、お食事中でさえもあたたかな空気に包まれていく。
みんなで歌を歌った時とはまたちがった感じ。
こういう時でもお姉たんのまわり、楽しそう。


ずっと、こんな日が続いていくんだろう。
そしてぼくらはみんな、おとなになったらこんなやさしい人になるんだろうな。


この時は、ほんとにそう思えたんだ。





「最近、ララカお姉ちゃん来てないよね。どうしたのかな」


何日…いや、何週間かたった頃だった。

一人の女の子が、お手伝いさんにといかける。
ついさっきまでおだやかに笑っていたお手伝いさんの顔が急にこわばっていくのが見える。

そういえばここ三、四日はお姉たんを見ていないなぁ。
カゼでも引いたのかな?


なんて考えていると、近くの広場から帰って来たばかりの男の子がふたり、悲しそうにうつむいていた。


「どうしたの?」

口をついて出たといかけ。
間をおいて、ボールを持っている方の子がなみだ交じりに告げる。


「聞いちゃったんだ……。ララカ姉ちゃんが、バケモノになったって」

「え…?」


急に、部屋中がはりつめた空気へと変わっていく。
辺りを見回すとお手伝いさんのほとんどが青ざめ、目をそむけていた。

ぼくやほとんどの子たちにはわからなかった。
この子がいま言った意味も、お手伝いさんたちの反応の意味も。


「それってどういう…」

「なに言ってるの!!ララカお姉ちゃんがバケモノなんかになるわけないでしょ!?」

言いかけたところで、ひとりの女の子が言い返す。
あの歌をとくに気に入っていた子だ。
その迫力で答えにつまるその子に代わって、もうひとりの子が一歩まえに出た。

「オレたちだってわかんねんだよ!!けど…けど!会えなくなったのはそういうウワサのせいなんじゃねぇのか!?それともまさかホントに……」

「だから、なるわけないって言ってるでしょ!!お姉ちゃんのこと信じないの!?」

「信じてるよ!!あんだけ遊んでくれたのに、いつも歌ってくれたのに……っ う……うぅ………
うわあああああああああ!!!!」

さっきの子が、とうに大声で泣き出した。
となりにいた子も最初に言い返した子もつられて泣きじゃくる。

このようすを見て、だれもがざわめきを感じてた。


「だれなの…?だれがそんなこと……」

「そのバケモノって言ったやつ、ゆるせないよ」

「ねぇ、そんなのウソだよね!?みんなもそう思うよね!!?」

「トーゼンだよ」

「ウソに決まってる…!」

「そーだそーだ!!」


だれも信じていない。
むしろだれかは知らないけど、バケモノって言った人におこっている子もたくさんいる。
おこりながら泣いている子、ただすすり泣くだけの子、思いきり声を上げて泣く子。


あたりまえだ。
だってあんなに明るくて、やさしくて、歌もじょうずで、作ってくれるごはんもおいしくて、りんごを切ってくれて、遊び相手もしてくれて。
そんなひとが、何をどうしたらバケモノになると言うんだろう。
ぜったいにありえない。

なのに、お手伝いさんの方はだれも何も言ってくれない。
それどころかまだ青い顔で後ろめたそうに目をそらすか、怖がっているか。


——どうして?

気がついたらぼくの目にもなみだがたまっていた。
下をむけば、しずくとなって落ちるくらいに。

「ララカ、お姉たん……!」

何日かぶりにその名を叫んだ。

それが合図となったのか、目にたまったしずくは大きくなって次から次へと下に落ちていく。
言いあらわせない悲しみに、ただ泣きじゃくるしかなかったんだ。
今のみんなみたいに。
お腹を空かせて泣いた、あの時みたいに。


どうか、また遊びに来て。
今こうして泣いてるぼくらを笑顔に変えて——



ゆっくりと、ドアが開く音がした。
ざわめきに気づいてやってだれか来たのかも知れない。
ララカお姉たんかな。

小さな期待をこめてドアの方へふり向く。


けど、そこにいたのはララカお姉たんじゃなかった。
もっと見なれた人の姿。



「院長…!」

一番ドアの近くにいたお手伝いさんが大きく目を見開いて声をかける。
そう、そこにはお外から帰って来たばかりの院長が立っていた。
今のぼくらとは反対に、落ちついた顔。


「全て聞かせてもらいました。 …まぁ、無理もないわ」

いつものゆったりとした話し方だけど、どこかさびしそうな目をしている。
院長は何か知ってるかな。



「ねぇ、院長。ララカお姉ちゃんはバケモノなんかになったりしてないよね?」

「お、おい…」


はじめにお姉たんの事を言っていた子が院長に問いただすと、院長は何を思ったのかその場で目線を下に落とす。




静けさの後、院長はゆっくりと顔を上げる。
そこにはいつもの笑顔が戻っていた。


「もちろん。ララカお姉ちゃんは、バケモノなんかじゃありませんよ」

よかった。

ほっ、とひと息つく声がひときわ大きく聞こえる。
お手伝いさんは変わらず下を向いているけれど。

「じゃあ、やっぱりカゼかな?病気かな?」

ぼくが思っていたギモンを、また別の子が投げかける。
院長はすぐ首を横にふって、しずかに口を開いた。



「ララカお姉ちゃんは、世界中のみんなに愛と優しさを届けるために旅立っていったの。
私たちにしてくれていたように、ね」


「え…」

また、この静けさ。
一時は「バケモノ」の時みたいによくわからなかったけど、少ししてからなんとなくわかった。


「それって、家族がいないぼくたちみたいな子のところ?」

「ええ。それ以外の人にもね」

「ごはんを作ってあげたり?」

「ええ、もちろん」

「いつもの歌、うたうのかな?」

「ええ」

「いっしょに遊んであげたりするのか!?」

「ええ」

「ご本も読んであげるの?」

「ええ」

「りんごを持って行って、切って食べさせてあげたりも?」

「ええ、ええ」


立て続けに投げかけられるといかけに、大きくうなずく院長。
最初はいつもどおりだったのに、後からはどこかなみだ声を含んでいた。
でも、何だかうれしそう。


「……でもぼくたち、もうお姉たんに会えないんだね………」

ぽつりと呟いたひとことに、また空気がしんみりとする。
それに気づいたからか院長はもういちど首を横に振り、さっきと同じ笑顔でこう言ってくれた。


「いいえ。信じていればきっといつか、どこかで会えますよ」

「ほんと…?」

「ええ」

さっきよりも力強い返事で、みんなに笑顔が戻って来た。



——いつかみんなが幸せになれば、手をつないで大きな輪になろう。



ふと、いつも歌っていた歌の一部がこだました。

この孤児院だけじゃない。
世界じゅうにはまだまだ、家族を亡くしたひとがたくさんいる。


ララカお姉たんや院長さん、お手伝いさんのようなひとたちが世界じゅうにたくさんいるから、助けられるひとたちがいるのかも知れない。
ぼくらがこうしていられるように。
そうしたら歌のとおり、いつか「大きな輪」になれる日も来るんだろうな。
天使さまもそのために今、戦ってくれているんだ。

とにかく、ララカお姉たんは世界のどこかにいる。
この村の事しかわからないぼくでも、今はそれだけで嬉しかった。


「あれ?でも今は天使さま以外、自由にいろんなとこには行けないんじゃ…」

「天使さまだけじゃないよ!中にはおしごとのつごうで色々回ってる人もいるって聞いたことあるもん!」

「じゃあ、ララカお姉ちゃんもそういうおしごとのためにに行くんだね」

「うん。きっとそうだよ」


友達たちがそんなふうに話をふくらませるのを見て、気持ちが安らぐのを感じて。

気がついたらまわりの空気がおだやかに変わっていた。
見上げると、院長がにこやかに笑っていた。
他のお手伝いさんの顔はよく見えないばかりか、何人かはこの部屋から出て行っちゃったけど。

同じ気持ちだったらいいな。


「また、戻って来てくれるかな」

だれかがつぶやいたそれに、だれもが言葉につまっていた。
ぼくにもなんと言っていいかわからないけど——



「みんなが忘れずにいれば、いつかは戻って来るわ。きっとね」


意外にも、ぼくたちの一番近くにいたお手伝いさんがさびしく笑いながらも答えてくれた。
さっきまでうつむいていたのに。
院長の言葉に、同じように元気をもらえたのかな。

でも、今のお手伝いさんの答えでみんなはもっと元気になったみたい。


「もちろん!忘れないよ!!」

「わたしも!大きくなったらキレイで優しいお姉さんになりたいっ」

「あの歌、もっとうまく歌えるようにれんしゅうしておかないと」

「もし戻って来たら今度はオレらがララカ姉ちゃんに『愛』を届けようぜ!」

「おう!」

「おまえが言うとヘンな感じだな」

「さすがにそれはちょっとないんじゃ……」

「なっ—— ばかやろ!ヘンな意味じゃねぇぞ!」



—みんなも、大きくなったら優しい大人になってね



最後にちゃんと聞いた、ララカお姉たんのありがたい言葉。
初めてまっすぐ顔を見て「ありがとう」を言えたあの時にえらいってほめてくれて、頭をなでてくれてすごく嬉しかったんだ。


「こうなりたい」なんて、なんとなくは思っていたけど。
今なら本気で云える。



—愛ってね。遠い国の言葉で「ラブ」っていうんだよ


町が壊されるまえに教わった事。
だれが教えてくれたかは、はっきり思い出せないけど。


ぼくがララカお姉たんにたくさんもらって来たみたいに。
今もまだこうして院長やお手伝いさん、そして友達たちにもらっているみたいに。


困っている人にも、そうでない人にも。

ぼくの力で、色んな人を助けられる。
どんな人とでも仲よくなれる。


——たくさんの「ラブ」を届けられるような人に、ぜったいになるんだ。



「じゃ、ご飯作って来るね。 今日はララカお姉ちゃん直伝・青葉汁だよ☆」


「わーい!」

「やったー!!」

お手伝いさん告げられたメニューにみんなよろこんではしゃいでいる。
あれ、本当においしかったんだよね。

その様子を見やりながら、お手伝いさんは院長の方を向いた。


「…良いですよね?院長」

「ええ。ちょうど、そのための材料を揃えていた所だし」

「あの人も『すごく元気が出る』と仰いましたものね。 では、厨房に行きます」

「私も一緒にやるわ」

「いえ、、そんな、イイですよ!院長はゆっくり休んで頂いて——」

「遠慮しなくていいのよ。たぶん、今はあなたと同じ気持ちだから」


この空間はすっかり明るさを取り戻していた。


ねえ、ララカお姉たん。
今ここにいるみんな。

さっき決めた事はずっと心に持っておくよ。
うんと大人になっても、ずっと、ずっと。

それで助けられる人が今よりもっと増えるなら。
よりたくさんの「ラブ」につながるなら——



決意を胸に秘め、
長い年月が時代—とき—を通り過ぎた。





テントから離れたこの場所では、そよ風が吹いていた。
半袖でいるとやっぱり冷える。
コート、持って来ればよかったな。



今頃、今回の任務——ラシュトロの事件の方はどこまで話が進んでいるんだろう。
また、俺の知らない所で新たに誰かが拐われていないか心配だ。


——ダークとダイチをウルフの群れから助けなければ。

なんて絶対思わないし、それ自体は本当に後悔していない。
魔族なら、俺のような天使を警戒するのも無理はない…けど。


任務として来ている以上、やっぱりマズいよなぁ。
二日も戻って来れていないんだ。
何やってんだアイツは!なんてマジギレされていたりして。
拐われた!なんて噂されて騒がれていたりして。
五人がここを離れるまでの間とはいえ、拐われているのと変わらないけど。
どっちにしても、確実に怒られる…。


けど、気になる事が出来たんだ。
ダーク達がラシュトロの件に関わっていないのはよくわかったけど、魔族ってだけで本当に捕まえるべきなのか?
そもそも、何でこの天界に来たんだろう。

そういえば、スイマが「六神が必要」とか言っていたような———



「………何をしている」

耳元で低い声が聞こえ、背筋が凍りついた。
同時に全身から噴き出す汗。


バレたか…ついに先輩にバレたか……。

ごくりと唾を飲み込み、恐る恐る振り返る。
けどその姿は暗がりでもわかるように、天使じゃなかった。
ホッとして、全身の力が抜けていく。


「あ、ああ…トビカゼ……か。びっくりした………まだ、見回りしてたのか?」

「そうとも言う。 …それより」

「ヒッ!?」

ここまで言うとトビカゼは急に俺の胸ぐらを掴んで喉元ギリギリまで刃先を向けて来た。
暗いせいで余計怖いんだけど!
そして近い!!


「何故、テントの外にいる。それもこの離れた所に。 逃げるなら容赦はしない」

「逃げないって言っただろおおおおお!!!」

「……ならば、何故」

「バクエンがスイマと二人で話がしたいから一旦外に出てくれって!!ダークもダイチも、それにララカもわりと近くにいる………筈」

俺が慌てて現状を話すとトビカゼは掴んでいた手を離して、刃物もしまってくれた。
半信半疑の面持ちでいるのがなんとなく分かる。

「…何?バクエンが?」

「そう、そう!話せば長くなるけど……」


俺は、洞窟に入った時からさっきまでの事を詳しく説明した。

昨日と同じく魔物——主にムーンウルフの群れが多かった事。
道中、光を通して見た事のない装置を見つけた事。
その装置の中に人が入っていた事。
後から黒い服を着たいかにも怪しい男と珍しい服を着た、同じく怪しい女が現れた事。
女の放った高等魔法がスイマに直撃して、彼女が意識を失った事。
男の方には見えない拳で何度も殴られた事。
バクエンに足止めをしてもらいながらスイマを抱えてその場から引き返した事。
途中まで、女が連発する高等魔法に何度もやられた事。
テントに戻った後でスイマは目を覚ましてくれたけど、引き返した事に腹を立てたのかバクエンに怒鳴っていた事——



「それで、二人で話がしたいと」

「そういうこと。信じられなかったら、後でバクエンかスイマに聞いてくれ」

「充分だ」

そう言って視線を右斜めに移すトビカゼ。

下手な説明でも、少なからず真剣に聞いてくれていたのが分かってちょっと安心した。
それに、充分って事は…。
今の話で通じたのかな。
いや、信じてくれたのかな。



三、四日くらい前に先輩に聞いた「付近で魔族の一行が発見された」という話。
それもだいぶ前から天使軍ほぼ全体で追っている一行というのも。
もしかしたら、この人達の事かも知れないけど。


ひとつ言えるのは、ダークも、ダイチも、スイマも、バクエンも、トビカゼも。
誰一人として天人を傷つける意志はない。
害はないんだ。
天使の目を掻い潜りながらだけど、普通に暮らしているだけ。
ここ二日、一緒にいて分かった。
いや、ダークが魔族って分かった時からそんな感じはしていたんだ。

それでも捕まえて、牢に入れるような事をするのはやっぱりおかしい。
こう考えるのは、天使としては変かも知れないけど。
捕まって欲しくない。


だから俺、もし、みんなが捕まりそうになった時はきっと——




「お腹空いたー!おいら、もうテントに戻る!」

「あっ… こら、ダイチ!まだ話が終わってないかも…」

少し離れた所から、ダイチとダークの声と足音がこだまする。
十分くらいは経っただろうな。
もう話は終わったかな?


「…ふっ」

ほんの一瞬、トビカゼの口元がちょっと緩んだけど。
視線を俺に戻した途端、いつもの仏頂面に戻った。


「カイ、と言ったな」

「えっ? あっ……ああ」

いきなり名前を呼ばれて、心臓が跳ね返る。
そういえば、トビカゼには初めて呼ばれたような。



「俺はまだ、お前を信用していない。 いや。お前が天使である以上は信用を置くわけにいかない」

「うん知ってる」

想像はついていたけど、こうもハッキリ言われると流石にちょっと凹む…。
とりあえず、悟られないように笑顔だけは保ってみせた。



「だが、俺達はお前に三度も救われた。認めたくはないがそれは事実」

「え…」

予想だにしないトビカゼの言葉に、俺は思わず目を見開いた。
よく見ると気恥ずかしそうに目をそむけている。
けど、俺だって同じだ。

「いやいやいや、あれは当然の事をしたまでで!てか、そうしたくてしただけだから!!」

「…………礼を言う」

「———!!!」


今の一言だけで完全に言葉を失った。
まさか最も敵視されているであろう、トビカゼに言ってもらえるなんて。

縛られたとか、刃物向けられたとか、殺意向けられたとか、さっきの出会い頭とか。
全部どこかに飛んで行った。

大袈裟かも知れないけど、もう何もかもが報われた気分だ。


感極まって、口の中がうずうずする。
何年か前からよく口にする、今一番言いたい言葉がもの凄い勢いで蠢いている。

抑え切れなくなったそれは、十秒と保たずに溢れ出した。



「その一言だけで嬉しいぃぃ!!マジ・ラ———もがっ!」


言いかけた所で左手に口を塞がれ、うまく発せない。
昨日のあの時とはちょっと違うけど似たような感じだ。

「もがっ、もががが!」

「大声を出すんじゃない…!」

言いながら、トビカゼは俺の口に容赦なく左手を押し付けてくる。
さっきよりも力強くなっているような…。

てか、痛いイタイ!そろそろ放して!



「ぷはっ!!」

しばらくして、ようやく手が離れた。
トビカゼは左手を押さえつつ、それをわなわなと震えさせている。
そんなにマズいか、あの一言!?


なんて考えた矢先に一枚の布切れを取り出していた。
昨日、俺の口を塞いでいたあの布だ。

「やはりもう一度、口を塞いでおくか…」

「それは勘弁して!!もう言わないから!!」

俺がそう言うと、意外とあっさりしまってくれた。
代わりに溜息の後、終始無言で睨まれたのは気にしないでおこう。



「下らん事を言っていないでテントに戻るぞ」

いつの間にか数歩先を行ったと思えば、そう呟いて。
また足早に先を急ぐんだ。

慌てて俺も後を追った。



道中、抱いていた気持ちが徐々に膨らんでいくのを感じる。


ずっと疑問に思っていたんだ。
魔族でも、悪い人じゃなかったら普通に暮らせるようには出来ないものか。
確かに天魔大戦中は魔族は敵だったし、魔族は好戦的で血も涙もないなんて教え込まれた時期もあったけど。
そうじゃないって信じていたから。
ダーク達が今、それを証明してくれているから。

だから俺は、彼女達を助けたい。
出来る限りのラブを届けたいんだ。


任務の事も忘れちゃいけないけど……ね。



決意を新たにこの草原をより強く踏みしめる。
この先に待つ、守りたいもの達を想いながら。


ようやく視えたテントの灯りが、道標に見えた。

Fin.



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