WEAKEND
- 創作コンテスト2015 -

Story of A (その5)


天使の城 とある一室

鍵が空く音がした。部屋の中にいる女性は妙に思う。

食事の時間でもなく、面会の予定も入っていない。

その扉は何の用もなく開いてはくれないはずだった。


しかし、事実目の前の扉は僅かだが開いた。


「えっと、誰かなー?」


恐る恐る扉の向こう側にいるであろう人物に声をかけた。


さらに扉が開き、ようやく相手の顔を確認できた。

彼女は安堵した。


「なんだ。カイかぁ。女の子に怖い思いさせないでよー」


しかし、次の瞬間、彼女は違和感を抱く。

今日は面会の予定はない。にも関わらずカイはこうして顔を見せている。

それだけではない。今までは必ず扉を開けるのは見張りの天使だった。

あまりにも例外が多すぎる。彼女はそう感じていた。


「えっとー、カイ?見張りの人はどうしたのかなーなんて」


彼女は不安を見せぬよう、笑顔を取り繕う。内心は恐ろしい答が返ってくるのではないかと気が気でなかった。


「まさか私を逃がすためにころ…」

「心配はいらないよレディ。見張りには暫しの間眠ってもらっただけさ」

「えっ、レディ?あのー、ひょっとしてあなたってカイのそっくりさん?ドッキリみたいな」

「混乱しているところ済まないが、まず最初に確認しておこう。君がララカで間違いないか?」

「う、うん、それは間違いないけど…」

「そうか、会いたかったよララカ。とりあえずはこの状況の説明をしよう」


カイの身体を乗っ取っていること、カイには危害を与える気はないこと、自分も魔獣の力を持っているということなど、アスモデアノスは手短に説明していく。


「そっか、なんとなく状況はわかったけど…。なんでアスモは私に会いたかったの?」


アスモって俺のことなのか?そんなことを思いながら、彼は最も重要な事を口にする。


「説明すると長いが…、アケロナケロの願いを叶えるため…と言っておこうか」

「アケロ…!?」


予想外の名前が出てきたことで驚くララカ。彼女の脳裏にはアケロナケロとの思い出が駆け巡る。


「全ての真実はこの手紙に書かれている。読んでみるといい。

驚いたことに彼女はこの手紙を鳥の足に結びつけ、俺の城まで飛ばしてきた。それも空気の流れを固定してトンネル状にすることで確実に城まで飛ぶように誘導していたようだ。

重症を負っていた身体でよくそこまでやったものだと感心したよ」


ララカは手渡された手紙を見る。ミミズの這ったような線で書かれた文字から彼女の苦しみが伝わってくる。

一字一字、彼女は丁寧に読んだ。



『アスモデアノス、あなたに一つお願いがあるの。

本当は顔見知り程度の関係であるあなたに頼むのも気が引けるけど、私には頼れる人なんて誰一人いない。でも同じ魔獣の力を持つあなたならひょっとしたら私の願いを聞き届けてくれるかもしれない。そう思ったからあなたへ送らせてもらったわ。

この手紙と一緒にりんごの木の枝も送られてきたはず。

このりんごの木の枝を穂木として実がなるまで育てて欲しい。きっと美味しいりんごが実ると思う。そして、そのなった「実」と、新たに切り取った「木の枝」を「ララカ」という女性に渡して欲しいの。

それが私の願いよ。

私の命はもう限界が近い。今も苦しくてたまらない。私の最後の願いを、私に千年ぶりの愛情をくれたララカのために聞き届けてほしい』


手紙を持つ手が震えた。一滴、二滴と雫が紙に落ちる。今のララカには文字が掠れて見えた。


「天界に来てから君やアケロナケロについて調べさせてもらったよ

その中でわかったことがある。アケロナケロは今の事態をある程度予測していた。

君に魔獣の力が宿る可能性、

愛した男が大切にしていたりんごの木を枯らせてしまう可能性、

天使達に捕まる可能性、

千年生きたからか、そういった勘はよく働いたんだろう」

「アケロ…」

「君の大好きなりんごを二度と食べられなくなるかもしれない。そう考えたアケロナケロは俺に全く同じ品種のりんごを育てるように頼んだ。これは俺の推測でしかないが」


アスモデアノスはポケットから真っ赤なりんごを取りだし、ララカへと差し出す。


「これは育て方に違いはあれど正真正銘のベイグのりんごだ。食べてみるといい」


ララカは黙って首を縦に振る。

りんごを手に取り、暫く見つめると、一かじりした。


「ホントだ…。あの時と変わらない味…」


ララカの涙は止めどなく流れた。

アスモデアノスはただ黙って、彼女の気持ちが落ち着くまで待った。


「枝も…あるんだよね」

「勿論持って来ているさ」


りんごの木の枝を取りだし、掲げる。


「それは…ベイグに渡してくれないかな?」

「いいのか、彼は君を突き放したんだろう?まさかまだ彼に未練があるとでも言うのか?」

「違うよ。今さらベイグとどうなろうとかは考えてない。今さら許されるとも思ってない。

ただ、あの頃私はベイグから一杯の愛情をもらった。それは事実だから…。だからちょっとくらいお返しをしてもいいかなぁって」

「その言葉に偽りは?」

「うん、ないよ」


ララカは笑顔でそう答える。

それは心からの笑みだった。アスモデアノスも納得したように頷いた。


「そうか、君も前に進もうとしていることはよくわかった。その願い、『ちょっと待ったー!!』


突然、人格が変わったかのように、口調がかわった。


『りんごを届けるのは俺に任せて!』

「まさか、憑りつかれた状態で自我を取り戻すとは…、なかなかの精神力だ」


はた目からはカイ(アスモデアノス)が一人で会話しているように見える。異様な光景である。

しかし、ララカには理解できた。それがカイとアスモデアノスの会話であると。


『俺もララカから沢山の愛情をもらったんだ。俺だってララカに恩返しをしたい!』

「…わかった。そこまで言うなら君に任せようじゃないか」

『よっし、待っててくれ、ララカ!俺が責任を持って届けるからなっ!』

「うん、頼んだよー!男に二言はないからねっ」


「さあ、役目を果たしたところで俺は帰ろう」

「アスモ、本当に…ありがとう!」

「お礼はアケロナケロに言うといい」

「うん、そうだね!あっ、そうだ、一つ聞いていい?」

「構わないよ。なんでも聞いてくれ、レディ」

「なんでアスモは顔見知りでしかないアケロの願いを叶えようと思ったの?ひょっとしてアケロの事、好きだったり?」


若干ニヤニヤするララカ。

一方のアスモデアノスは赤面

…する訳ではなかった。ただ彼女との数少ない会話を思い出していた。




『私は普通の女の子として生きたかった…』

『何を言うんだガールいや失礼、レディだっだか。とにかく普通ほどつまらないものはない。非凡な力を持つ君はその力を際限なく使い切るべきだ。それが力なき者へのせめてもの情けだと俺は思うが』

『この力は人を不幸にする。それでもあなたは力の行使を望むの?』

『それは君の力に限ったことではないだろう?力を使えば必ず敗北者が出る、それは仕方のないことさ。人はそうすることでしか高みを目指せないのだから』

『私にとっての幸せは頂点に昇りつめた瞬間になんかない。そんなものよりただ普通にくだらない話をして誰かと笑い合う、そんな瞬間にこそ幸せがある。そう思うわ』




そう、俺と彼女の考えは平行線を辿っていた。それは今でも変わらない。いわゆる反りが合わないというやつだ。だが、俺にとって『普通ではない』彼女との会話は実に刺激的で楽しかったのを覚えている。



そんなことを考えていたアスモデアノスは本人も気づかぬ内に笑いがこみ上げていた。

思わず質問されていたことをも忘れかけていた彼だが、真っ直ぐにララカを見つめるとこう答えた。


「なに、理由は単純。『レディの願いは極力聞き届ける』、それが俺のモットーだからさ」



そのセリフを言い終えると共にアスモデアノスの意思は空気に溶け込んでいった…。






3日後

天界 とある村

この日、男はいつも通りの時間に起き、いつも通りに配達物を確認しに外に出る。そしていつも通りの朝日を見て、いつも通りの清々しい朝を迎える。

そのつもりであったが、この日は少し違っていた。


ポストを確認した時、普段は見慣れないものがそこにはあった。


「これは…木の枝?」


その瞬間、その男の頭にもやもやと漂う眠気という名の雲が一気に吹っ飛ぶ。


「いや、これはりんごの穂木…!それにこの感じ、あの頃の…!

まさか…ララカ?」


思わず回りを見渡した。しかし彼が脳裏に浮かべた人物の姿はない。



「あなた、どうかしたの?」


男は後ろから妻に話しかけられて、一瞬心臓が飛び出る思いをする。

一回、大きく息を吐く。男は落ち着きを取り戻して、笑顔で返事をした。


「いや、実はね…大切な旧友からの贈り物が届いたんだ」






魔界 寂れた城

ここはかつてアスモデアノスの居城であった場所。

現在は人気(ひとけ)はなく、人の管理を失ったこの城は徐々に城壁のひび割れや床を突き破る植物などが目立つようになってきた。

そんな城内において、唯一変わらぬ美しさを保っているものがある。

それは『氷像』。

そのカタチはアスモデアノスと瓜二つだ。

それもそのはず。なぜなら、この『氷像』こそアスモデアノスの本体そのものなのだから。

身体を捻り、苦痛に悶えるその姿はユイとの戦いの壮絶な最後を物語っている。


『ようやく帰ってきた。この場所も久しぶりだな』


その声は誰にも聞こえることはない。なぜならその声の主は身体を持たぬ精神体なのだから。

アスモデアノスの精神体はかつての自分の姿を見つめる。



アスモデアノスはユイとの戦いで氷像と化した。

その冷気は凄まじく、アスモデアノスのあらゆる体組織は完全に活動を停止した。それはもはや、『彼の身体のみが時を止めた』と言っても過言ではなかった。

結果的に彼は今もなお仮死状態を維持している。

その特殊な環境が奇妙な現象を引き起こした。



あの時は驚いたな。活動を停止したことで俺が絶命したと勘違いしたのか、『魔獣の力』は体外へと解放された。

だがその時、俺の『精神』が生きていたために『力』と融合したまま身体から離脱してしまったのだから。


結局あの後、氷属性の使い手に憑りついて情報を集めたり、本を漁ったりしたが、この氷を解く手段は見つからなかったな。

まあ、もう一つの目的は無事達したから良しとしよう。アケロナケロもこれでゆっくりと眠れるだろう。


さて、俺も少し眠るとするか。精神体とはいえ、長旅は疲れた。

凍結から解放される手段は見つからなかったが…自然に身を任せるのも良いかもしれないな。

もし…次に目覚めた時は今度こそ魔界、そして天界をも俺のものとしよう。

その前にあのガールともう一度戦わねばなるまいな。

そうだ、閃光とも戦う約束をしたんだったか?フフ、次の目覚めが楽しみだよ。

さあ、寝るか。今なら良い夢が見られそうだ。



アスモデアノスはゆっくりと本来の心の在りか、『身体』へと戻っていく…。

心なしかアスモデアノス本体に熱がこもる。

心と身体が完全に一つとなった時、アスモデアノスの精神は身体の中で眠りについた。

次に目覚めるのはいつなのか、そもそも目覚める時は来るのかすらわからないままに…。


こうしてたった一つのりんごを巡る物語は終わりを迎えた。





©WEAKEND