ある日、ある場所の中庭でのこと
「あの…、前々から気になっていたのですがこの木は一体…」
「この木かい?この木はね、とても美味しい果実が実るらしいんだ」
「らしい?」
「そう、そのようにこの手紙に書いてあった。この木はいわばこの手紙の送り主の『最後の願い』といったところか」
手に握られた手紙から目の前の木へと視線を移す。
我ながらによくここまで育てたものだと思う。何せ俺は全くの素人だったのだから。
見上げる程に大きくなったその木を見て、ぽつりとつぶやく。
「もうすぐ…願いを叶えてやれるかもな…」
それから長い時が過ぎた…。
天使の城 神の間
「シャドーカオス!?」
長らく聞かなかったその名を耳にし、側近天使の一人、ミカは透き通るような美しい金髪を揺らしながら思わず声をあげていた。
「あ、すみません。私としたことが…」
「いえ、気にしなくても良いですよ。あなたの立場からしたら仕方のないことだと思います」
神、ジオディの表情は伺えないが、その声色から責めている訳ではないことが容易に理解できた。
「ごめんなさい、ラオン。話を続けてください」
「俺こそ驚かせてごめん。ただ、今言ったことは事実なんだ。
最近、あのシャドーカオスの時のような事例が多く報告されてる。
何者かによって身体を乗っ取られ、自分の意思とは関係なしに行動を起こしてしまうらしい」
ミカの脳裏には兄、ナルハの姿が浮かぶ。
あの時兄さんはシャドーカオスに…
大切な人が敵として立ちはだかる。思い出したくもない遠い日の記憶。
「でもね」
ミカはラオンの声に再び現実に引き戻される。
「俺が思うにシャドーカオスとは違う何かの可能性もあると思うんだ」
「なぜ?」
「シャドーカオスは乗っ取った身体を使い物にならなくなるまで使用していた。それに対して今回の例では誰一人身体への影響を訴えていない。
聖気が蝕まれたような形跡も見られなかった。」
ミカも当時のことを思い出す。確かにあの時、ナルハが助からなかった理由も身体中の聖気が食い尽くされたことにあった。
「ということは…!」
「まあ、あくまで可能性の話なんだけどね」
頭を掻きながら、苦笑いしてラオンは言った。
「そう…。いずれにしてもシャドーカオスに類ずる能力を持つ存在は天界にとっては危険。まだ目立った被害は報告されていないとは言え、早急に調査した方が良さそうですね」
「なら俺の隊で…」バタン!!
その時勢いよく扉が開かれたと思えば、そこには息を切らせながら必死の形相でラオン達を見つめる女の子の姿があった。
「レミさんここは神の間で…」
ラオンがミカを手で制した。
「レミは場をわきまえるくらいの常識は元々備えているよ。わかってても感情を押し殺せずにはいられなかったということはそれだけの事態が起きているということだ。違うかい?レミちゃん」
「ラオンさん、ミカさん…フリズちゃんが…フリズが…」
ラオンがレミを落ち着かせた後、詳しく話を聞いた。
レミは今朝からフリズの様子がおかしいと感じていた。フリズの受け答えがいつもと微妙に違うこと、そして毎回のように見せていたドジがみられなかったこと。
ドジがないから怪しいとは彼女にとってあまりにも不名誉な話であるが、事実、この日の彼女はあまりにも完璧すぎていたようだ。
そしてレミが意を決してそのことを問いただした時、フリズ(?)はその場から逃亡したらしい。
この話から考え得る可能性、それは…
「フリズちゃんは何者かに乗っ取られていた…ということかな」
「ええ、私もそう思います」
ミカ、ラオンは深刻そうな表情を浮かべ、見つめ合う。
「今までは一般天人が乗っ取られたという報告しかなかったはず…」
「ああ、これは思ったよりマズイことになりそうだ。まさかこうも早く天使の被害者が、それも城内で出るとはね」
「ラオン」
ここまで長らく沈黙を守りとおしていた神・ジオディが口を開く。
その声はいつものように優しいようで、どこか強い意思が感じられるような、不思議な声色だった。
「あなたの隊で今集められる人員を集め、直ちにフリズの捜索を行ってください
ただしフリズが操られている可能性があることは隊外には漏らさないように。現状の少ない情報では余計な混乱を招きかねませんから」
「わかりました」
今、この場で誰よりフリズを救いたいと願うのは紛れもないレミだった。しかし、今回の件に参加できるのは閃輝隊のみ。レミの心は深く沈んだ。
ラオンは踵を返し、出口へと向かう。しかし、何を思ったのか、立ち止まり、さらに振り返った。
「レミちゃん、君はもう閃輝隊ではないけど、あいにく今うちの隊は出払っている人が多いんだ。手伝ってくれるかな?」
「…!はい!ありがとうございます、ラオンさん!」
天使の城 庭
「さて、皆集まってくれたみたいだね」
「集まったって…えっ!隊長!まさかこの5人だけで行くつもりですか?」
驚きを隠せない様子で閃輝隊の中級天使、ハーニは問いかける。
現在この場にいるのはラオンとレミそして、新たに召集がかけられたハーニ、リンダ、チルトスの計5人である。
「そうだけど?」
「そうだけどってそんな当たり前のことみたいに…。今回は結構深刻な事態なんですよね!?それなのに…」
「ハーニ、言いたいことはわかる。でも天使が乗っ取られたことが事実でその情報が城内に広がれば身内で疑い合う事態になってしまう。そうなれば無用な争いが起きることだってありえる…」
「そう、だからこの任務は周りに悟られないように遂行する必要があるんだよ。あまり大人数で動くと何か大きな事態が起きていることがばれてしまうからね。そのための少人数での任務なんだ。
…まあ、正直に言ってしまうと今うちの隊で動けるのはこれだけだったって理由もあるんだけど」
リンダの説明にラオンが同調するように付け加えた。
「つまり今回は極秘任務なんですね!ボク、頑張るです!」
「本当に大丈夫なのかなぁ…この任務」
極秘の任務ということで張り切っているのか、チルトスの言葉にも力入る。
それとは対照的にハーニは終始不安げである。
「任務の内容は召集時に説明した通り。フリズちゃんを見つけ、捕縛する。仲間を捕えることは心苦しいけど、身体の乗っ取りを解除する方法がわからない以上は仕方ない。何か質問はあるかな?」
するとチルトスがビシッと手を挙げた。ラオンはどうぞのサインを出す。
「探索範囲はどのくらいですか?」
「天使の城の敷地内全域だよ。今回の標的は城内に侵入してきたことから、この場所に何らかの『目的』があるとの判断したんだ」
「5人で探すには広すぎなんじゃないですか?」
「うん、だから3グループに分けようと思うんだ。リンダとチルトス君は城の北側、ハーニとレミちゃんは南側、俺は中央部を探索するつもりだけど大丈夫かな?」
頭を縦に振るもの、目で意思を示すもの、ハイと返事をするもの、反応はまちまちだが、全員納得したようだった。
「じゃあ最後に一つ、これは信憑性の低い話だから頭の片隅にでも入れておけばいいよ。
どうもこの件で乗っ取られた者は『りんごとりんごの木の枝』を持ち歩いているらしいんだ。あくまで噂だけどね」
「りんご…?」
その場にいた誰もが首を傾げるのだった。
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