WEAKEND
- 創作コンテスト2015 -

Wind Unbind

「優勝はトビカゼさんです! 参加者の皆様、盛大な拍手をっ!」
 壮麗なアナウンスと、その言葉に従った観客の拍手。その中央を、トビカゼは歩いていた。  動作がゆっくりなのは長く喝采を受けるためではない。それが、戦いで疲弊した今のトビカゼに出せる限界の歩行速度だからだ。
「それでは、主催者のタンサー様から賞品『アルティマイト』の贈呈です!」
 タンサーと呼ばれた恰幅のいい男が前に出、会場中央に置かれたマイクの前へ歩く。トビカゼはふらつきながらその正面に立った。
「トビカゼ君。よく優勝してくれました。是非ともこの魔法を修得して更に強くなってください」
 タンサーが差し出したのは、一巻の巻物。トビカゼが渇望した、“絶対的な力”。それが今、手の中にある。
(みんなを……いや、お前を守るためだ)
 少し前の自分の言葉が、どこか遠いことのように脳裏にこだまする。だが、それが間違いであることを、トビカゼはとうに分かっていた。
 ダークを守るために欲した力。だが彼女はそれを望まなかった。絶望しか与えないと、これによって守られることを拒んだ。
 もしトビカゼがアルティマイトを修得すれば、ダークを脅かす者を排除することなど造作もないだろう。だが、それは本当に“守る”ということなのか?
 ——否。
 究極魔法によって敵をなぎ払えば、引き換えに世界を——そしてダークを悲しませる。そんなことを“守る”だなんて呼べない。そんな結末のために、トビカゼは戦ってきたのではない。“守る”というのはきっと、もっと希望を与えられることのはずだ。
 ——それでも、この力があれば強くなれる。ずっと届かなかった、もっと上を目指せるんだ。
 トビカゼの中に潜む欲望が、そう言って見苦しく足掻く。だが、もうひとつの心はそれを迷わず否定した。
 ダークとの戦いの中、トビカゼは奇妙な感覚を覚えていた。全身の神経が研ぎ澄まされ、体と武器と魔力、その全てが一つになったような、あの感触。
 闇と風が、剣とくないがぶつかり合う極限状態の中で、トビカゼは直感した。
 自分はいま、新たな次元の中にいる。どれだけ厳しい修行を積んでも辿り着けない場所に。
 勝てるかどうか分からない戦いで、持てる全ての力を出し、全身全霊で力を振るうことでしか辿り着けない、一段上の強さ。その中を、トビカゼは確かに駆け抜けていた。そしてそれはひとつの確信に変わった。

 ——俺は、もっと、強くなれる!
 トビカゼの手に力がこもった。羊皮紙の短い巻物を乱暴に開き、真ん中に手を当てて一気に引き裂いた。二度、三度と破り、散り散りになった究極魔法を、トビカゼは床へ叩きつけるように放り捨てた。
「なにっ……!?」
 タンサーの顔が一瞬で青ざめ、両目がこれ以上ないほどに見開かれる。
「この書は世界にたった一つの究極魔法が書かれた書なんだぞ? 気は、たしかか?」
 トビカゼは主催者の顔を見据え、はっきりと言い放った。
「俺は究極魔法なんて要らない。俺は俺の力で強くなってみせる」


Fin.


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