WEAKEND
- 創作コンテスト2014 -

ライブ当日・ライブ会場

「うわ、男がいっぱい」

現地に着いての第一声はそれだった。

会場は賑わっており、男女問わず沢山の人がこの場に集まっている。

開場までは少々時間があり、長い行列となっていた。

今か今かとその時を待つファン達は好きなメンバーや曲の話、または欲しいグッズの話題などで盛り上がっている。

見ているだけでどれだけこのライブを楽しみにしてきたかが伝わってきた。

開場時刻になれば、逸る気持ちを押さえられないのか、足速気味に列が進行する。

程なくして会場は人の海で満たされる。

「なんだか私も柄にもなくわくわくしてきたわ」

「そうだろ?この待ち時間も楽しいんだよなぁ」

思わずラオンもガヴィリも本来の目的を忘れそうになるが…。

「ああ、会場から男全員消えてくれないかな…」

そのセリフで一気に現実に引き戻される。

そう、今回はケシルに楽しんでもらわなければ意味がないのだ。

「ケシルちゃん」

返事はなかったが、ラオンは話を続ける。

「このLEENAってバンドのボーカルはリディって言うんだけど、歌ってる時の彼女がまたカッコいいんだ。

きっと気に入ると思うよ」

相変わらず返事はない。

だが、ラオンは信じていた。『音楽』の力を。

『音楽』には不思議な力がある。時に元気を与え、時に切ない気分にさせる。

それは人の心を動かす力。

その力は住む世界の違いや、種族の違い、性別の違いなどあらゆる壁を通り越すことができる。

少なくともラオンはそう信じている。

だからこそケシルをここへ連れてきたのだ。

今はダメでも『音楽』を聴けばきっと…!

そんな希望をこのライブに託していた。

しばらくして会場は暗転する。

軽快なドラム音が鳴り響いたと思えば次の瞬間にはパッと明るくなり、ステージには5人の姿があった。

「どーよ皆!盛り上がってるぅ!?」

早くも高まってる様子のボーカル、リディが観客達を囃し立てていく。

それによって会場はさらに熱気を増していく。

「それじゃあ一曲目!行っくよー!!」

一気にその場は大歓声に包まれる。

そこからは完全に彼女達の世界だった。

観客達は彼女達が創りだす世界に引き込まれていく…。

ラオンはちらっとケシルの方を見る。

彼女も他の観客同様、真剣に見入っている。

それを確認したラオンは満足そうに頬笑んだ。

 

・・・

 

「いやー今回も楽しかったね」

ライブが終わってもなお、ラオンは興奮冷めやらぬ様子だった。

「案外ライブってのもいいものね。ケシルはどうだった?」

「意外と…、楽しかったです」

彼女も表情にこそ出さないが、声色はいつもより柔らかいような感じがした。その言葉にも嘘はないのだろう。

ケシルが心を許すとすれば、チャンスは今しかない!

ラオンとガヴィリの間で共通の思考が過る。

 

「二人とも喉乾いたでしょ。私ちょっとジュース取ってくるから待っててね」

すれ違い際にガヴィリと目が合う。ラオンはそれを笑顔で返した。

「ケシルちゃん。凄かっただろう。これがライブなんだ。

その場にいるみんなの心が一つにまとまって一つのものを創り上げる。そこに種族や性別なんて関係ない。

男と女は見た目も違うし考え方も違う。それこそたまに違う生き物なんじゃないかと思う程に…

でもね、今日みたい同じものを見て感動して、それを分かち、共感することだってできるんだよ。

だからさ、ケシルちゃんもそう考えれば少しは男性のことも好きになれるんじゃないかと思うんだ。どうだろう?」

「ラオンさん…」

ケシルはじっとラオンの顔を見つめる。

今までまともに名前すら呼ばれたことがなかった。しかし今、ハッキリと名前を呼んだ。それにこの真剣な眼差し…。

 

これは…!

 

「話、長いです」

 

一気に谷底に落とされたようだった…。期待という名の風船が大きく膨らんでいただけに落差は大きい。

「あ、隊長!」

ケシルはガヴィリの姿を確認するや否や素早く駆け寄る。

「近くでおいしい店知ってるんですけど行きませんか。二人で」

そんな言葉が聞こえてくる。ガヴィリも事態が呑み込めず困惑気味だが、ケシルに手を引っ張られ、連れていかれてしまう。

そしてラオンは一人取り残される。

吹き抜ける風がやけに冷たく感じた。

 

「これは…完全に敗北だね」

久方ぶりの敗北感だった。まさかこんなところでそんな感情を抱こうとは本人も思っていなかった。

「あれ?隊長?」

背後からよく聞きなれた声がした。

「ハーニ、それにメルティちゃんも。やっぱり君達も来てたんだね」

「ラオンさん久しぶりですぅー!元気してましたかぁ!!」

「はは、まあぼちぼち、かな」

「…?隊長。珍しく元気ないですね。この後ご飯食べに行くんですけど、話くらいなら聞きましょうか?」

「ラオンさん大丈夫!失恋話ならいくらでも聞いたげるから!」

「失恋とはちょっと違うんだけど、まあせっかくだからご一緒させてもらおうかな」

こうしてラオン決死の作戦は終わりを迎えたのだった。

 

 

 

翌日

ハーニ達のおかげで少しはすっきりしたかな。

しかし、結局何も変わらなかったな…。まあオレなりの方法で全力を尽くした訳だし、仕方ないか…。

あとでガヴィリには謝りに行こう。

そんなことを考えながら、ラオンは任務手続きのために事務への道を歩く。

廊下の曲がり角を曲がった時、間が良いのか悪いのかちょうど向かい側にはケシルの姿があった。

ラオンはどう対応すべきか一瞬迷ったが、いつも通り挨拶だけしてすれ違うことに決めた。

「やあ、おはよう」

そのまま軽く挨拶を返すかあるいは無言ですれ違うと考えていたが、予想に反してケシルは立ち止まった。ラオンもその行動には不思議に思う。

そして…。

「昨日はありがとうございました。それなりに楽しかったですよ」

「えっ」

顔は相変わらずムスッとしているが、それは確かに感謝の言葉だった。

それだけ言うと、役目は終えたとばかりに彼女はさっさと歩いていく。

「少しは…変えられたのかな」

ケシルの後ろ姿を見つめながらも、そう静かに呟いた。

 

それは本当にほんの少しの変化だった。

しかし、あらゆる大変革はちっぽけな変化の積み重ねであることも事実。

僅かな期待を胸に乗せ、再びラオンは歩きだす。



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