WEAKEND
- 創作コンテスト2014 -

「やあ、おはよう。調子はどうだい?」

その男の綺麗に整えられた碧い髪は額に巻くバンダナの紅をより映えて見せる。

まさしく『爽やか』という言葉が相応しいその表情でラオンは一人の少女に話し掛けた。

彼に声をかけられて舞い上がらない女性などそうはいない。

ただし、一部の『例外』を除いて…。

 

「話し掛けないでくださいってもう何度も言いましたよね?」

ラオンの表情とは対照的にその少女、ケシルはあからさまに不機嫌な顔を見せる。

「はは…そう言わずに…」

もう既にラオンの顔から爽やかさは消え失せ、代わりに引きつった笑顔を覗かせた。

そんな彼の顔の前に正拳でも繰り出したのではないかと誤認する程の速度で人差し指を立てた手が突き付けられた。

あまりの勢いに思わずラオンも少しばかり首を後方に反らせる。

「今から一言でも発してみてください。直ぐ様訴えますから」

もはやラオンには反論の余地も術(すべ)もなかった。

文字どおり言葉を失った彼を見て、ケシルは「フン」とハッキリと聞こえる程鼻を鳴らし、そのまま素通りしていく。

「ホントにしつこいな…これだから男は(ぼそっ」

 

そんな捨て台詞をはいたケシルの後ろ姿が見えなくなったところで、ラオンは大きく息を吐く。

「やっぱり無理なんじゃないかなコレは…。ガヴィリも無理難題を押しつけてくれたね…」

 

 

ことのはじまりは5日前…

 

「えっ?」

「だからあなたにお願いがあるって言ってるのよ」

ラオンと同世代であり、且つ同じく隊長を務めるガヴィリそう告げた。

「いや、言ってることはわかるけどどうしたの?オレに頼み事なんて滅多にしなかったよね。というか今まであったっけ?」

「まあねぇ。普段のあなたを見てたら頼み事をしたいとは思えないのは事実かも」

「オレ…そんなに頼りなく見えてるの?」

 

世間話をしているかのようなトーンでさりげなくキツい発言をするガヴィリにラオンは苦笑した。

 

「ま、それはともかくとしてお願いというのは家の隊のケシルのことなんだけど…」

「華麗に流したね。流石はガヴィリ。…それで?ケシルちゃんがどうかしたのかな?」

「知っているとは思うけどケシルは男性へ極度の嫌悪感を抱いてるわ。

問題はそれが任務の時にも影響しちゃってるってコト…」

「男性が相手だと上手く連携がとれないとか?」

「そういうコト。でもあの子もしっかりしてるから、公私混同をするようなことはしない。

任務なら任務で割り切って男とも連携をとってくれてはいる。

ただ、やっぱりいくら押し込めようとも心の底に眠る嫌悪感が邪魔するみたいで…」

「どうしても効率が落ちてしまうと?」

「そう。一応ラッズィ君やライゼンさん達にも協力してもらって、隊内でなら問題なく連携できるところまでは持ってきたの。

あとは他の隊の人や慣れない人とでも上手に連携がとれるようになれば、合同任務とかでも問題なく進められるようになる。

だからとりあえずはラオン、あなたにケシルの嫌悪感を取りのぞく手伝いをしてもらおうと思って」

「別にオレは構わないよ。けどオレでいいの?オレ、ケシルちゃんと話しても即座にあっち行け!って言われるし、嫌われてるみたいなんだけど」

「あんたは誰これ構わず声かけてるからね。女好きみたいに見えて、余計にケシルに嫌われてるんでしょうね。

でもだからこそよ。だってあなたに少しでも心を開けば可能性は大きく広がるってことでしょ?」

「…なんでオレ、女の敵みたいな扱いなの?」

「ま、そんな訳だからよろしくね!」

「ちょっ、お、おい!」

ラオンは慌ててガヴィリの肩を掴もうとするが、するりと躱されてしまう。

そして後ろ姿のまま彼女はラオンへと軽く手を振る。

「やるしかないってことか…」

肩を落とし大きくため息をつく。

こうしてラオンは渋々ガヴィリに協力することになったのであった…。

 

その日から彼はケシルと積極的に接触をはかるものの全て撃沈…。

心の壁は『鉄壁の防壁』のように厚く、その発言は『性格無比な狙撃手』の如く胸を射ぬく。

その一片の隙すら見せぬ佇まい、それはまさしく『不落城』と呼ぶべきものだった。

そんな圧倒的な相手を前に、ラオンは特に進展させることもできず今に至る。

それ以前にストーカーとして捕まるのも時間の問題なのでは…と彼は感じていた。

 

「さて、どうしたものか…」

天使の城の廊下を歩きながら、考えを巡らせる。

一つ確かなのは、真っ正面から突っ込んでも間違いなく玉砕させられるということである。

それはこの5日間がハッキリと物語っていた。

 

「正攻法がダメなら、何か別の視点から考えないとな…」

 

別の視点、別の視点…

 

解決策を模索しながら歩みを進める彼の瞳にある人物が映り込む。

その瞬間、彼の頭に電撃が走った。

「ジン君、久々だね」

「お、なんだ隊…じゃなくて元隊長じゃねーか」

ラオンが目をつけたのは赤襟の天使服に金髪が印象的なジン=ホリィだった。

ラオンはジンを上から下までじっくりと見回す。

「なんだぁ?そんなジロジロ見て、気もちわりぃ…」

「…うん、行ける…!

ジン君」

奇妙な行動の後の真剣な表情、そのギャップもあったが、普段滅多に見せないそのラオンの顔つきにジンは息を飲む…。

「な、なんだよ」

「君…

女装に興味はないかい?」

 

一瞬、時間の流れが止まったようにジンは感じた。

 

「…はっ?」

「だから女装だよ」

「…てめえ、ついに頭がおかしくなったか?」

 

ラオンの考えた新たな方法とは女装だった。

もしケシルが男性の見た目が嫌だと仮定した場合、見た目を女性と同じにすれば問題はなくなる。

男性と仲良くなる「きっかけ」にはなるかもしれない。

もともと美形な顔立ちをしているジンであればなお良いのでは…?

そうラオンは考えていた。

当然、そんな彼の考えなど知る由もないジンは怪訝そうにラオンを見る。

俗に言う「ドン引き」である。

「あかしくなんてなってないさ、間違いなく正気だよ。

いつだって本気さ。オレは。今だってね」

「だからタチが悪いんだろーがよ…」

怪訝な顔を維持したまま、ジンはその場を立ち去ろうとする。

「いや、ちょっと待って、これにはちゃんと訳が…!」

「訳がなんだろうと関係ねぇ…!とにかくオレは女装なんて御免だからな!

やるならあんたが自分でやっとけ!」

ジンはそのまま逃げるように行ってしまった…。

ある意味貴重な光景である。

 

「ダメだったか…似合うと思ったんだが…」

ラオンは残念そうにぽつりと呟く。

しかし、よくよく考えてみれば、女装をして近づいたところで、

「男が女のフリなんてするな。気持ち悪いから近づかないでください。一生」

などと殺意の籠もった目でバッサリ言われて終わるのがオチだと気付く。

斯くして「ジン女装化計画」は白紙にもどり、事態は再び振り出しとなるのだった。



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