WEAKEND
- 創作コンテスト2014 -

※注意:一部ESヒノモトストーリの台詞を引用しています

 

    『心眼』

 

    *    *    *

 

「君にはもう、ヒカリに変えられる魔力は残ってないんだ」

自らが失明してしまったこと、そして自らにヒカリを生み出す魔力が残っていないことを知り、ミズキは途方に暮れるしかなかった。
ヒカリ一族に生まれ、ヒカリを生み出すことのみを生きがいとしてきた彼女には、他に何も残っていなかった。
あまりの絶望に、涙さえ流せない。

「私は、これから何をして生きていけば……」

そんな打ちひしがれた少女の声に耳を傾ける者は、しかし誰もいない。
先ほどまで会話を交わしていたはずのヒノモトでさえ、伝令を受けて会議室へ向かい始めてしまっていた。

彼女は今、完全に孤独だった。無の中に一人取り残されたのだ。
カミヒカリの駆動音が僅かながら鳴り響いているが、彼女には全く聞こえていないようだ。

カミヒカリの装置内も、同じく暗く孤独な空間であった。そしてそこでも幾度となく辛い思いをしてきた。
しかし、そんな時何を考えていたのだろうか、と彼女は思い出そうともしない。

視力を失ってただ暗闇に立たされている、というのとは全く違う。
完全なる暗闇。視覚だけではなく、精神的な機能一切を停止させてしまう無に圧倒されていた。
そして遂には、孤独であるという感覚さえ失われてしまう。

彼女は確かにここに存在しているにもかかわらず、彼女の精神はここには存在していないようだった。

その後、時折作業員が通りがかることはあったが、長い労働で疲れて眠ってしまっているとしか思わなかったのだろう、特に声を掛けられることもなかった。

 

    *    *    *

 

「ミズキ、ミズキ」

肩をゆすられ、ようやく彼女の知覚は回復する。――視覚を除いて、ではあるが。
数時間もの間、ひたすら無を彷徨っていた彼女の精神は、47番の装置から出てきた母に掬いとめられた。
そして、感情を取り戻した少女が真っ先に感じたものは、有。

目に見えなくても確かにそこに母が存在しているという安心か。
それとも目標を失ったことを理解し始めたことによる悲嘆か。
本来の機能を失っている彼女の目から、感情があふれ出る。

ただ眠っていただけだと思っていた娘が流す突然の涙に、母は戸惑いを隠せない。
何か辛いことでもあったのだろうか、と彼女は疲労で性能が落ちている頭を必死に働かせるが、思い当る節は無い。
そもそもここ二日以上装置に入りっぱなしだった彼女には、最近のことなど全く知る由もないのではあるが。
何とか落ち着かせようと、彼女は涙が止まるまでずっと娘を抱きしめていた。

「私は、これからどうすれば……」

泣き腫らした顔を上げ、先ほど誰にも返答してもらえなかった問いを少女は投げかける。
ほとんど母の視線と交わらずに絶え間なく動く視線は、彼女の人生の迷いを示しているようにも見えた。

ただ、母は少女のこの不自然な行動を以て初めて、彼女の現状を何となく理解するに至ったのである。
母も言うまでも無くヒカリ一族であり光源役である。彼女も娘と同じタイミングで装置に入ったのであり、大人であるためミズキ以上に長い時間を装置内で過ごしていたのである。
もし平常時であれば、娘に異変があれば両親には勤務中であっても報告が入ったかもしれない。
しかし常時稼働により光源役が極端に不足している現状、そして唯一事情を理解するヒノモトが会議に出掛けてしまった状況で、それは不可能なことであった。

ある一つの可能性に思い至った母は、試しに娘の目前で手を振りかざしてみる。すると案の定、先程からと変わらず目線を動かすだけで変わった反応は得られない。
そしてようやく、十分に働いていない思考でも確信に至った。娘は失明したのだと。

「――そうね。許可が得られるなら、しばらく休んだ方が、いいわね」

少し間延びした声で母は答える。彼女の絶望の片鱗しか察知できていないので、体調を整えることが最優先だと判断したのだろう。
ヒノモトが最初に考えたのと同じく、疲労が回復すれば視力が戻るかもしれないと考えていたのかもしれない。
しかし少女が苦悩するのはそこではない。
確かに視力を失ったことで今後の生活が不自由になるかもしれないが、それ以上に生きがいを失ってしまったことが問題なのである。

「私は、これからどうすれば……」

再び投げかけられる問い。あまりに混乱していて思考が安定していないのだろうと考え、母は何も答えずに娘の頭を優しく撫で始めた。
ミズキはミズキで母のこの行動から得られる答えを考えてみるが、とりあえずは母と一緒にいればいいということくらいしか分からない。
彼女は手を彷徨わせた後に、母の服の袖口を掴んだ。
母娘が実りのない愛情表現をしている間に彼女らの側にヒノモトが現れ、深々と頭を垂れていた。

「お分かりだと思いますが、ミズキにはもうヒカリに変えられるほどの魔力は残っていません。
娘さんには本当に申し訳ないことをしてしまいました。私の管理ミスのせいです」

ヒノモトの言葉は、状況を十分に理解できていなかった母に深々と刺さる。
光源役である以上、普段なら魔力の減少はそれが自分であろうと他人であろうと感覚で分かるものなのだが、疲労の蓄積した母にはそこまで感じ取る余裕がなかった。
しかし母として、いかなる状況であれど、娘の異変をちゃんと理解できていなかった自分を不甲斐なく思った。

「ひとまずは休んでください、と言いたいところなのですが、その前に緊急の用件がありますので伝えておきます」

そしてヒノモトは魔王サタン軍の侵攻について、伝言板に詳細を記しながら話した。
護剣の精の伝説の影響か、魔天大戦中でさえも侵攻を受けることが無かったニハ王国。
これからも侵攻されることはないのだろうと軽く考えていたミズキの母には衝撃的な話であった。
一方でミズキは、自分の身に事件が次々と起こっているせいで慣れてしまったのか、ほぼ動じずに話を聞いていた。

「重要施設であるここも狙われる可能性があります。
今のミズキをそんな状況に晒したくないのはやまやまですが、だからといって彼女を一人にしておくわけにもいきません。
私たち管理人が様子を見ておきますので、お母さんはひとまずお休みください。ひどくお疲れのように見受けられます」

母が睡眠よりもミズキの世話を選ぼうとすることを分かり切ってか、ヒノモトは先手を打って告げた。
ミズキの母は半日の休憩の後に再び装置に入ることになっており、ミズキをずっと見ていてやることはできない。
しかもその間に睡眠を取らなければ、体調も整わず、今のミズキと同じ状態になってしまう可能性も否めない。
しかし国が大きな分岐点に立たされている以上、今のところはどうしても光源役に苦役を強いるしかなかったのだ。

もちろん母は反論した。しかし疲れが溜まっているため勢いはない。

「お母さんも私みたいに失明したら嫌だから、ちゃんと休んで」
「でも、ミズキを――」
「私は大丈夫。お母さんの側で見守る、っていう目的ができたから。――あ、見ることはできないけれど」

ミズキの顔が少しではあるがほころぶ。その表情を見て安心したのか母は目を閉じた。
よほど疲労が蓄積していたのだろう、すぐに寝息が聞こえてくる。

「お母さん、寝るならちゃんと仮眠室で寝ないと」
「ふぁい、はい」

ミズキの優しい平手で母は目を覚ます。
そして寝ぼけと失明で視力がままならない二人は、ヒノモトの誘導で仮眠室に移動した。
彼女は入口に一番近い寝床に二人を誘導する。

「ミズキも疲れているだろうから、休んでおきなさい」

それだけ言い残してヒノモトは仮眠室を出ていった。
母は先ほどと同じく、横になるや否や寝息を立て始める。

奥にはここにいるべきではない人物が気絶していたのだが、眠りについた母と視力を失った娘にはそんなことは知る由もないのである。

 

    *    *    *

 

ミズキは再び考えていた。これからどうすればいいか。今自分に出来ることは何か。
視力を回復する努力をするにしても、方法が全く分からない。お医者さんに診てもらうにしても、敵が攻めてくるらしい現状では難しいだろう。
それならば、見えないなりにもある程度周りの状況が判断できるようになる必要がある。
そこで、視覚の次に広域的な情報を取得できる聴覚に意識を傾ける。
すると聞こえてくるのは、カミヒカリの駆動音と、きゅいきゅいというヒカリクイの鳴き声。
ヒカリさえかじらなければペットとして飼ってもいいくらいの愛らしい小動物ではあるが、カミヒカリに勤める者にとっては悩みの種である。
こんな大変な時に現れなくてもいいのに、と思うのはもちろんミズキだけではなかった。

「こんな時にヒカリクイが! 振撃!」

もっこもこのイタズラ小動物を叩きたい衝動に刈られたヒノモト。しかし今回は数が多く、一匹一匹叩いていてはキリがないので仕方なく大鍵を横に払う。
ヒカリクイはきゅいーと悲鳴を上げ、カミヒカリから離れていった。
その様子を耳で聞いて少女は気づいた。自分にもまだできることがある。

 

    *    *    *

 

しばらくして、再びヒカリクイの鳴き声を聞いたミズキは立ち上がる。
母の下を離れることに少しためらいはあったが、それよりも自分に本当にヒカリクイと戦えるかを確かめたいという思いが強かった。
壁に手を添え、周りを確認しながら移動する。
視力を失うまで毎日のように見てきた場所なので、周りの状況を把握して自分の位置を大まかに特定できれば、あとは感覚と慣れである程度は動くことができた。

「ヒノモトさん、こんな時にヒカリクイが数匹現れています!」
「こんな時に……! すぐに駆除に向かう」

ヒノモトの声を聞き、二人の存在を確認したミズキは宣言した。

「ヒノモトさん、私も行きます」
「ミズキ、君は休んでいろと言ったはず」
「カミヒカリを動かす魔力がないのなら、なにかの形で手伝いたい」
「……分かった。
確認できているヒカリクイは3匹。行こう!」

ヒカリクイの鳴き声とヒノモトの足音、記憶に残るカミヒカリの配置をもとにミズキは早歩きで進む。
完全には状況が把握できない以上、走る事にはまだ少し恐怖感があった。

足を進めるごとにヒカリクイの鳴き声が大きくなってくる。
そして、恐らく目の前にいるであろうという位置までやって来た。

「では行くぞ!」
「はい!」

ミズキは鳴き声に耳を澄ませる。ヒカリクイは素早いため、移動を考慮して居場所を特定しなければならず、思っていた以上に難しい。
しかもヒカリクイは小さい。発声源から母の位置を予測し服を掴むのとは、要求される精度に違いがある。
先ほどまでやって来た、大体の位置を把握する方法では、近距離の時には対応できないことに気づいた。

一方ヒノモトはミズキが見えていないことを考慮し、巻き込んでしまいかねない振撃を控えることにする。
先ほどの衝動を晴らすという理由もあったが。
彼女の放つ打撃は1匹のヒカリクイに命中。攻撃された者は逃げていく。
更にもう一匹も彼女の打撃によって逃げていった。

ミズキはまだ苦戦していた。ずっと迷っていても仕方ないと思い先ほどから平手を数発放っているのだが、いずれも空を切った。
しかしついにミズキにチャンスが訪れる。ヒカリクイが動きを止めたのだ。
ミズキはヒカリクイめがけて平手を放つ。
装置を齧ろうとしていたヒカリクイだったが、悲鳴を上げて逃げていった。

「片付いたか。ありがとう、ミズキ。助かった」
「お役に立てたのなら良かったです」

自分が移動してきた経路を考えると、ヒカリクイは今にも装置を齧ろうとしていたのだろうとミズキは分かっていた。
ヒノモトが3匹とも倒していればこんなにギリギリの状況にはなっていなかっただろう。そう思って怒られることも覚悟した。
しかし、そんな余裕などヒノモトには無かった。次なる敵が現れたのである。

「大きな装置だ。これでこの地下世界を照らしているのだな」
「何者だ!」
「私はサタン軍のキトラ。この施設を制圧しに来た」

ヒノモトは作業員に向けて臨戦態勢を取るよう宣言した後、キトラと対面する。
しかしヒノモト、キトラともに動かない。鍵〆影縛と影縫いでお互いに影を縛りあっている。
二対一であるため相手の動きを止めてしまえばこちらが有利になるとヒノモトは考えたのだろう。
しかしミズキとしては、物音を立ててもらわなければ場所が特定できずに困ってしまう。
それに気づいたヒノモトは一瞬だけ縛りを解除する。

さすがはサタン軍の一人、その一瞬でヒノモトに随分と近づいたが、また縛りを受けたためバランスを崩して倒れてしまう。
その動きでキトラの場所を察知したミズキは往復平手を打ち込む。たまたまではあるがキトラの顔面に。
幾度となく戦闘を経験してきたキトラ。しかし顔面を打たれるのは初めてのことである。あまりの衝撃に一瞬呆けてしまう。
その間もミズキは平手打ちを続け、さらに影縫いが解けたヒノモトも接近する。
キトラもすぐさま気を持ち直し、再びヒノモトに影縫いをする。

そしてまた初めの状況に戻るのだが、ミズキは掌が痛く平手を続けるにも限界がある。
そこで彼女は相手の体に乗りかかることを選んだ。
再びキトラには衝撃的であるが、同じ過ちは二度とは繰り返さない。影縫いを切らすことは無い。

傍から見れば戦闘とはとても思えない状況で膠着してしまった。

ように思われたが、ミズキが乗っているのはキトラの胸部。キトラの肺は確実に機能を低下させていたのである。
次第に集中力を欠いてきたキトラは再び影縫いを解除してしまう。

その一瞬後にはヒノモトはキトラの頭部に大鍵を向けていた。

「強い……!」
「カミヒカリはニハ王国の心! 絶対に護る!」
「一度退く!」

その宣言を聞いたミズキは馬乗りを止める。
キトラを始め魔王サタン軍一同はカミヒカリから去っていった。

 

    *    *    *

 

サタン軍の侵攻の件が一段落し、ヒノモトはクサナギにカミヒカリの稼働縮小を直訴した。
その帰り道の話。

「ミズキ、君はこれからどうするつもりなんだ?」
「私は――」

ヒカリクイの退治という目標は見つかったが、先日の事を考えると現実的なものではなかったように彼女は思っていた。
それを見越していたのか、ヒノモトは告げる。

「ためらわなくてもいい。できないと思う事であっても、私たちができる限りサポートするから」
「カミヒカリを、護りたい。これからもずっと」

ヒノモトの優しい提案もあり、少女は自分の思いを告げた。

「そうか。
――知り合いに空手を教えている人がいる。入門してみたらどうだ?」
「え?」
「鍛錬も積まずに戦闘を行うのは無謀だと、ここ数日の件で分かっただろう。
護りたいものがあるなら、強くならないとな」
「はい、そうですね。
私、頑張ります!」

その後ミズキは道場に入門し、武道を習い始めた。
そして物事の本質を見極める力、視力がなくても周りが見える能力――心眼を体得するに至る。




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