※ArchAngel最終章FinalStageクリア後からエンディングまでの中間地点ネタバレ・捏造
赤い満月が闇夜を煌々と照らし続ける頃。
ガヴィリは第七小隊の任務を何事もなく終了した後からつい先程まで小隊部屋に篭りっきりであった。
随分と話しこんでいた気がする。
少しばかり難易度の高い内容ではあったが、先日に引き続き何かとうまくいっていたと思う。
あちらの隊員とも次第に打ち解けて来た。
もしかすると、近いうちに第七小隊に正式配属という形にもなり得るだろう。
それもそれで良し。
考えるだけでも少し、頬が緩む。
それ程まで第七小隊の雰囲気に馴染んでいた。
心地のよい疲労感に包まれながら進んでいくと、ひとつ頭に疑問符が浮かんだ。
どういう訳か、どこかざわついている気がする。
それも連日の緊迫感漂う雰囲気とは違い、歓喜に満ち溢れているようだ。
何があったのだろう。
考えた瞬間、一人こちらに近付く影を感じた。
向き直るとそれはよく知った姿。
「彼女」もまた、どこか嬉しそうな表情で見据えている。
「ガヴィリ!ちょうど良い所に来た!」
「ヴェダ… 何かまた、騒がしくない?」
それとなく話題を振ってみると、彼女――ヴェダは更に口角を吊り上げ、半ば悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうそう。これがまた世紀を司るんじゃないかってくらいのビッグニュースでねぇ」
「そんなに凄い事があったの?」
「聞きたい?」
「うん。聞きたい」
大きく頷く。
ヴェダがここまで言う所を見ると、よほどの事なのだろう。
そんな彼女に少し戸惑ったヴェダだが、間を置いた所で口を開く。
「コホン。 聞いて驚け、我らがルーシ先輩とミカのお二人さんが人類の超天敵『シャドーカオス』を見事に撃破しやしたあぁぁぁ!!」
「そうなんだぁ………………って、えぇぇぇぇぇ!?ホントに……?」
「本当。 もうね、あの惨劇をよく知ってる人達はみんな大喜びしてる。ゼノン隊長やヨーイフさんはあんまり顔に出てないけど、内心そうに違いない!」
そう言う彼女もとても嬉しそうに大はしゃぎしている。
反面、ガヴィリはあまりの驚愕に話を呑み込むのに時間がかかった。
「シャドーカオス」と言えばS級に相当する、他の生物を喰らい尽くす魔物。
数年前にゼノンを筆頭とする上級天使の十数名相当で討伐しに行ったが、数名もの死者並び生死不明者を出し「惨劇」という形で天界の歴史に残ってしまった。
一度だけルーシやラオンと共に任務で調査した際に出現したマヌーケドラゴンの群れが当時と酷似していると聞き、言いようの無い不安に襲われた事を覚えている。
それをルーシとミカ、たった二人で倒してしまったという。
全ては実力か、それとも――
「…ガヴィリ?」
ヴェダの声により、現実に引き戻される。
上の空だったようだ。
「あ……うん。 …良かったね、二人とも」
とは言ってみたものの、未だに半信半疑である。
「本当に良かったよ。何せ奴には二人とも家族が関わってたし、ルーシなんかはずっと追ってたわけで」
(あ……)
ここまで聞いてガヴィリは若干、目を見開く。
いずれも何度か聞いた記憶はあるが、自身の事で精一杯だったとは言え忘れかけていた事実だから。
二人の事が、心配になって来た。
「二人とも、今頃どうしてるかなぁ…。やっぱ、医務室で休んでる?」
「そうだよ。安静にしてなきゃ駄目なんだって。 ルーシは『聖剣を返却する』って、何回も出て行こうとしてたけどね」
「……そっか」
「何なら今からでもお見舞いに行く?」
「…今はいいよ。休んでる所、邪魔しちゃ悪いし。それにヴェダがもう行ってるんでしょ?」
「うん。途中でラファさんに引き離されたけど」
「なら行けないじゃん」
「う゛…言われてみれば」
ばつが悪そうにするヴェダに、思わずくすりと笑みが零れた。
確かに彼女の言った通りに見舞いにでも行こうとも考えたが、あの二人が尚も一緒に休んでいるのかと思うとそれすら憚られた。
(可笑しいなぁ。今朝あいつに会った時はもうとっくに吹っ切れてるつもりでいたのに)
溜め息が漏れる。
その表情は、どこか愁いを帯びた笑みだった。
それは彼に焦がれた「想い」が僅かながら残っているからなのか。
それでも一つ、確信した事と言えば。
「やっぱり、ルーシにはミカみたいな人がお似合いなんだよ」
「へっ?」
唐突なガヴィリの発言に、ヴェダは思わず目を点にした。
思い返せば彼女はここ二日――否、本日を含めて三日。
ガヴィリの口からルーシの話を聞く事は無かった。
数日前までは連日の如くあれほど幸せそうに話していたというのに、やはり何かがあったのか。
そんな思考が頭を過る。
「ど、どしたの急に。 …まさか、また冷たくされたとか」
「違う違う。どう考えてもあたしじゃ合わないし、勿体無いと思った。ただそれだけ。 …まぁ、スッパリ切れたとはまだ言い難いけどね」
「え…それって」
「うん」
頷きながらもにっこりと微笑みを浮かべるガヴィリ。
今のヴェダにとってそれが悲愴であり、悲壮な眼差しと取れるもので。
思わず眉を吊り下げた。
「ルーシはもう、諦める事にしたの。 見習い免除の話を聞いた時から薄々感づいてはいたけど………敷居が高すぎたんだよ」
「ガヴィリ……」
「グサッとくる事も結構あったし、意識の違いって言うのかな…何度も壁みたいなのも感じたんだ。 でも、励ましてくれた事もいっぱいあった」
「励まして……って、ルーシが!?」
「そうだよ」
「ひゃー…マジか。私には思いあたる節がミアタラナイヨ」
「多分、あいつ自身にそういうつもりはないんだろうけど……それでも、頑張ろう! って思った事に変わりないよ」
ここまで言って、ガヴィリは穏やかに笑う。
同時に彼に想い焦がれた時の記憶が、再び彼女の胸に呼び戻されていく。
「追憶」に等しい感覚で。
格好良い。
強い。
見習い免除で入隊って凄い。
初めこそ、そんな単純な部分だけで惹かれていた。
それ以上に他の同年代の異性とは遥かに違う雰囲気を纏っている所も。
ヴェダを通して改めて知り合った時は取っ付きにくい印象が残ったものだが、話していく内にどこか安心感を覚えるようになり、夢中になっていった。
特別甘い言葉をかけられたわけではない。
むしろそんなルーシなど想像もつかない。
無愛想で、上司に対して「生意気」とされる態度を取る所は当時と何も代わり映えしていない。
だからこそ、自身が惚れ込んだ相手なのだろう。
否、そうではない。
ただそれだけの人物なら、あそこまで想い続ける事は無かった筈だ。
「天界を守る」
誰よりもその想いを強く持っている所。
日々の任務を「つまらない」と溢しながらも編成されたメンバーの中で一番まっとうしている所。
ああ見えて、自身を含めた個人を見極めているという所。
堅苦しい反面、不器用なのではないかと思える所。
そこに魅入られた。
ミカ・ラオン・ウーリ。
同期の面々が総じて通常ではあり得ない程のペースで昇格して行き、一人だけ取り残されている感覚に陥る事も少なくない。
それを溢した時はいつもこんな風に言ってくれた。
――他人と自分を比較するな。
――自分の実力内で最善を尽くせ。
これらの言葉に、何度救われただろうか。
何よりも「お前はお前」と言われた時は特に胸が熱くなった。
もしも彼と「恋人」の間柄になれたら、更に何かが変わるかも知れない。
そう思った事もあったが。
「結局あたしは、一緒にいられただけで幸せだったのかも知れない。けど、あいつに相応しいのは同じくらいの『信念』を持った人なんだ」
「…それが、ミカって事?」
「そう。 あの子、お兄さんがいなくなってからは誰よりも頑張ってた。天使になってからもどんな小さな任務にも手を抜かずにやってたりね。その時からもう、とっくに雲の上の存在だったのかも。二人とも…」
――史上最高の天使。
ミカのために授けられた言葉と言っても過言でない二つ名。
「神の娘」「金色の女神」とも呼ばれているが、これが最も一般的とも取れる。
僅か三年で大人顔負けの人柄を身につけ、日々の任務でそれらに等しい成績を修める事が叶ったのは亡き兄への想いか。
はたまた天界を愛する気持ちか。
答えは両方と言えるだろう。
この先ルーシの心に近付き、解きほぐせるような人物はヴェダでもラオンでもウーリでもゼノンでもコルジャでもヨーイフでもなく。
ましてやガヴィリ自身でもなく。
ミカなのかも知れない。
ひとりでに「さよなら」を告げたあの日、それを悟ってしまった。
任務終了後、よく二人で話した公園に行くのも辛くなったものだ。
「でもさ。ガヴィリは本当にそれで良いの?まぁミカの事はおいといて… その分だと、まだ気持ちも何も伝えてないんじゃない?」
暫し考えこんだ所で、ヴェダが問い質す。
思えば自身が彼と成就するために何かと尽力してくれたのは彼女だ。
それも思い出しながら、ガヴィリは小さく頷いた。
「…良いの。今更伝えたからってそれが通じるとも思えないし」
「けどそれってなんか勿体無いとおねーさんは思うんダケドナァ」
「それでももう、いいんだ」
もう一度にっこりと笑って答えるガヴィリ。
その表情に、流石のヴェダももう何も言えなくなった。
「でもね、なかった事にするつもりは無いよ。むしろ、元々馴れない同士だったのによく二人だけであそこまで話出来たなーって。最初のうちは殆ど話続かなかったのに、不思議だよね」
「あー…。酷い時は『ああ』『そうか』とか、ひとことでしか返さなかったりとか?」
「うんうん、そんなもんだったよ。懐かしいー」
そう言いながらも、笑い合う二人。
ルーシへの恋幕を差し引いても、彼自身から貰った力は計り知れない。
そこは同期であるヴェダも同じ事だろう。
そんな彼が今回ミカと共に「シャドーカオス」を撃破した件はこの先、全天使――否、全天人に大いなる勇気と力をもたらし、歴史に名を残す出来事になるだろう。
想像しただけでも、思わず笑みが零れる。
何を大袈裟に考えているのかと我ながら思う。
そうなっても可笑しくは無い程の朗報ではあるが。
同時に、勇気が沸いて来るような気がした。
同期が皆「天才」と呼ぶに等しいせいであれ程までに気にしていた天使の階級。
黄襟に準えて呼ばれている「黄金世代」。
だが、そんなものは関係ない。
多かれ少なかれこの城にいる誰もが「天界を守りたい」という想いを持っているからこそ、「天使」になるのだから。
それを無下にしないためにも。
「当分は、自分の実力を磨く事に集中しようと思うんだ。そうすれば、いずれはみんなにも追いつけるような気がする」
そう言って、ガヴィリは屈託のない笑顔を浮かべた。
ヴェダもまたつられて微笑み、溜め息混じりで答える。
「そっか…。頑張ってね、ガヴィリならきっと、いや絶対なれるよ!」
「うん、ありがと。 ヴェダも頑張ってね?昇給試験勉強」
「う゛っ! 痛いトコ突いてくれやすぜ…」
「あははっ」
そして再び、互いに笑い合う。
「明日になったら、行けるかなぁ。お見舞い」
「大丈夫なんじゃない?ルーシの方は聖気がどうのこうのってラファさんは言ってたけど、あいつの事だからとっくにピンピンしてると思うよ」
「そうだと良いね。今からでもフルーツか何か買って行きたい所だけどもう夜中だからなぁ。疲れたし」
「うん…私も正直もう帰って寝たい。三界時空論が思ったより難しくて禿げるし」
そう言ってヴェダは大きなあくびを漏らす。
「そうか…じゃ、今日はもう部屋に戻ろっか。 じゃあね!」
「うん、じゃーね〜…」
互いに手を振り、ヴェダは若干ふらつきながらもその場を後にした。
その後ろ姿に、ガヴィリはどこか安堵感を覚える。
暫し立ち止まってから、彼女も自室への帰路を歩む。
明日明後日にはルーシとミカのツーショットを目の当たりにしても、いつも通りでいられるように。
そして、新たな気持ちで任務に臨めるように。
新たな決意が宿る頃、夜空は満天の星と共に赤月の光がより一層、輝きを増していた。
fin.