WEAKEND
- 創作コンテスト2013 -

※オリジナルキャラクター登場



ここは、森の国サクルファス。
深い緑に囲まれた、生命溢れる豊かな王国。



【紅連鎖】影




それは一瞬のこと。

オレに牙を剥いた黒い巨犬を丸焦げにして。
尻餅をついた僕に笑って手を差し出す。

「お怪我は有りませんか、オヒメサマ」

にっ、と弧を描いた唇。
細められた瞳と、風に揺れた短髪。
そのどれもが、燃え上がった深緋と同じ色をしていた。

「……ヒメじゃない」

掌を掴み立ち上がる。
引かれた強さに反して、綺麗な柔らかな手だった。

「これは失礼。余りにも自分の登場がタイミング良く且つ格好良か ったもので」
「……お前、バカ?」
「最高の誉め言葉ですよオウジサマ」

黒焦げた獣の首を蹴飛ばし、獣の血に濡れながら笑う、年上の女。
何か変な、危ないヤツ。
それが、オレと彼女……ルージュとの、出会いだった。



「父上!!何ですか彼女は!?」
「殿下、人を何呼ばわりしないでくださいよー」

城に戻ってもずっと、へらへらとオレにくっついてくる彼女を指差して父上に問い質す。
廊下で捕まえた父は、オレと彼女を見て、何故か満足げに笑った。

「おお、ルージュ。さっそく捕まえてきてくれたか」
「任務はきっちりと遂行するのが当然です」
「つ、捕まえたって!?」
「フォルセイド。彼女は今日からお前の保護役だ」
「よろしくお願いいたします、殿下」

告げられた言葉に目を剥く。
な、何だって!?

「最近、お前も活発になってきたからな。今後は彼女がお前に付き従い、お前を危険から遠ざけるだろう」
「そ、そんなの結構です。自分の身は自分で守れますし、」
「さっき私が助けたじゃないですか、かっこよく」
「お前は黙ってて!!第一、リムネ、じゃなくてクーナ家とナーシ家の二人がオレの側近になると決まっているじゃないですか!!」
「キシスとリムネはまだ幼い。彼らにはお前と共に学び成長することを使命としてもらっているが、別に先生役も兼ねた守り手が必要だと考えた」
「でも、」
「それに、ルージュもウィステア一族の出だ。我らに深く忠誠を誓ってくれている一人だぞ」
「え、今まで会ったことないのに」
「しばらく、周辺諸国へ見聞を広める旅にでておりましたからねぇ」

言い返す言葉は跳ね返され、スオウはしれっと笑っている。
……父を言い負かせる理由など、持っていなかった。

「今日からびしばし鍛えさせて頂きます」
「はは、よろしく頼む。……フォルセイド」

ムッと黙ったオレに。
父上は、急に真面目な表情で、声を潜めた。

「最近、嫌な空気を感じるのだ」
「え?」
「誰がとも、何がとも分からない。ただ、お前を失うのが怖いのだ。我が息子よ」

その声音があまりに真剣で。
オレは何も言えず、自分と同じ色をした父上の目を見返していた。





「フォル!!」

いつもの中庭に行くと、オレを見つけたリムネが駆け寄ってくる。
と、並んで歩くルージュを見つけて顔を強張らせた。

「だ、だれ?」
「初めまして、リムネさん。わたくしはウィステアに連なる者、名をルージュと申します」
「ル、ルージュさま。初めまして、リムネと申します」

立ち膝で、リムネの手を取って挨拶するルージュ。
……オレの時と態度が違う。

「リムネ、何顔赤くしてんのそいつ女だよ」
「わ、わかるよ!!ルージュさまが素敵でちょっとびっくりしちゃって……」
「あ、フォル様悔しいんだ。その人に負けて」
「キシスはいきなり会話に入ってくるな今まで見向きもしなかったのに!!」

本から顔を上げてけらけら笑う悪友を睨む。
で?と聞かれたので、渋々事の顛末を話した。

「……嫌な空気、ねぇ」
「……」

最後の父の言葉を拾い上げ、キシスが本を閉じる。
キシスまで真剣な表情をするものだから、オレが緊張してしまう。

「……ま、杞憂だよ。オレが強くなればいいだけの話だし」
「そうですね、勉強もせめて僕より出来るようになってくれればいいですよ」
「うるさいキシス」

そんなやりとりを交わしていると、さっそくリムネになつかれたルージュがやってきた。
……なんかムカつく。

「では殿下、手始めに戦闘練習しましょうか」
「戦闘練習?ここで?」
「ええ。実力を見ておきたいので」
「……よし。驚くなよ、負かしてやる」

フォルがんばって、というリムネの声援を受けつつ、オレはルージュと対峙した。





青い空が、よく見える。
寝転がった下の草の感触が、心地よかった。

「殿下、生きてます?」

……そこに割って入る、赤い色。

「……何でお前、こんな強いの」

戦闘練習の結果は惨敗だった。
繰り出した体術はことごとく防がれ、魔法はことごとく炎魔法でくだかれ、気力が切れたところをあっさりと返り討ち。
はい、と出された手を掴んで起き上がる。
やはり、力強いけれど、優しい柔らかな手だった。

「ルージュさん、樹族ですよね?」
「ええ、これでもウィステア家の端くれなんですよ、キシス坊っちゃん」
「だったら何故、炎魔法をそんなに易々と扱うんですか」

睨むような顔で、キシスが言う。
その通りだ。一般的に樹族は、炎魔法を扱えない。
修得できたとしても長い訓練が必要で、かつ彼女のように強魔法をばんばん繰り出せる筈がなかった。
見つめるオレたち三人を見渡し、彼女は短い緋色の髪をかきあげ、場の雰囲気を誤魔化すように苦笑した。

「あー……まぁ遅かれ早かれなんで言いますけど、私混血なんですよ」
「「「混血?」」」
「ええ。樹族と魔族の」

あるんですねぇ、まぁ同じ人間ですしね、と彼女は笑っている。

「炎魔法が使えるのは母方の血のお陰です。樹族の中でも比較的由緒正しい名家の一員に認めてもらうまでそりゃもう大変でしたが、お陰様で王子の戦闘指南役になることができましたし……幸せですよ、私は」

急に黙り込んだオレたちの頭を一通り撫でて、やっぱり明るく彼女は笑っていた。

「魔界のあちこちをフラフラしてましたから、私、結構強いです。殿下にはそんな私を越えてもらわなくちゃなりませんからね、がんばってくださいよ?」
「言われなくても強くなってみせるよ。……いい加減頭撫でるのやめて」
「あぁすみません、髪柔らかくて気持ちよくて」

オレの頭から手を離して。
まだニコニコしていた彼女が、ふと、建物の一角を見上げた。

「キシスさん、あれはどなたです?」
「え、……あぁ、あれはナグドラ様。王弟、フォル様の叔父上にあたります」
「ナグドラ様……あの装いは?」
「以前、国外へ何かの調査研究に出られた際に、全身に傷を負われたという話ですが……」
「……ふぅむ。ありがとうございます」
「……ルージュ、何か気になることが?」

聞いたオレに向かい、彼女はいえ何でもありませんよと言ったけれど。
叔父様が立ち去った方角を、しばし見つめていた。





彼女の戦闘指南は、彼女の破天荒な人柄に対してとてもとても基礎的だった。
体力をつけ、持久力を高める。
魔法発動に欠かせない気力の集中力を高め、魔法ひとつひとつの精度・強度を上げていく。

「ルージュも、こうやって鍛えたの?」

体力の限界が来てひっくり返ったオレに、水を差し出した彼女に聞く。

「そうですねぇ……以前にも言いましたけど、私は旅をしてましたから。その途中で否応なしに、ですね」
「へぇ……魔界は危険?」
「ええ。今のフォルセイド様だとあっというまに頭から丸かじりされちゃいますよ」
「オレそんな美味しくないと思う……」
「何を仰います。樹族の魔力なんて御馳走に決まっているでしょう」

……今、自分が頭から丸かじりされる様を想像してしまった。
広い訓練場、その真ん中に転がるオレ、その隣に腰を下ろす彼女。

「……前に、樹族と魔族の子どもだって言ってたよね」
「ええ」
「樹声は使えるの?」
「一応は。ただ寿命は、どうなんでしょうね。まぁ魔族並みかもしれません、成長は早い方だったので」
「え、気にならない?」
「ええ、べつに。どうせ私は半端者ですから」

……沈黙が、落ちる。

「……ねえ」
「はい」
「魔界ってどんなところ?」

緑豊かなサクルファス。
オレが知る世界は、まだ狭い。

「……私は、物心ついた頃にはもう、この国を離れていたんです。ですから、初めてこの国に帰ってきた時……失礼ですが、とても魔界の一部だとは思えませんでした。天界人に拐かされているのではないかと」

まぁ、杞憂でしたがと彼女は笑う。

「荒れ果てた野、枯れた草木、くすんだ空。それが当たり前だと思っていました。それが……この国は、こんなに美しい」

幸せなことです、と呟く。

「魔界は広い。獣の姿で他の存在を搾取し、自らの力を殖やす者がいます。偽りの仮面で他の存在を騙し、取り入る者もいます。貴方はそんな者に取り込まれてはいけない」

貴方は、この国の王となるのだから。

「さっ、続けましょうか。バテてる暇なんてありませんよ」

……立ち上がり、うーんと伸びをして。
彼女は三度、オレに手を伸ばした。





月日は瞬く間に巡り、オレは彼女の指導のもと樹族として才能を伸ばしていた。
……同時に、父の体調不良、そして叔父の不審な行動が、囁かれるようになっていた。

「ルージュ」
「はい」
「……お前は、叔父様を、どう思う」
「……」

先日。
城内にて、オレは叔父様に戦闘練習を仕掛けられた。
……練習なんて、生易しいものじゃなかった。
少しでも気を抜けば、誤って……叔父様にとっては、それも怪しいが、確実にオレは殺されていた。
彼女が来てくれなければ、どうなっていたことか。

「……ルージュ?」
「……あぁ、すみません。少し考え事を」

……思い出したくもないが、あの時。
叔父様は、何か、彼女に、吐き捨てていなかっただろうか。


「臣下として、私は、私達はナグドラ様に逆らうことは出来ません」

樹族として、王族は絶対ですと彼女は続けた。

「しかし、私はフォルセイド様、貴方の僕です。私にとっては、この国は貴方そのものです。私は誰より貴方を優先し、守り抜きます」

そう、オレの目を見て誓った彼女。
それは、何の疑いもなく。

彼女は、確かに、オレの臣だった。




そして、ある夜。
真夜中、オレの部屋の扉は彼女によって叩かれる。

「フォルセイド様、フォルセイド様」
「ルージュ?」

駆け寄り開けた扉の向こう、彼女はすこし傷付き汚れていた。
オレの顔を見て、ほっとした表情を作る。

「良かった、御無事で」
「お前、怪我を?一体何が、」

「国王陛下がお隠れに」

がん、と頭を撲られたような衝撃が、あった。
まさか、という思いと、

「……まさか、ナグドラ叔父様が」
「残念ながらご明察の通りです」

やはり、という思い。

「フォルセイド様、城を出てください。ナグドラ様は魔獸を体内に取り込まれ強大化しています、今の貴方ではみすみす殺されてしまう」
「そういうお前もぼろぼろじゃないか!!」

室内に引き入れた彼女は、既に誰かと戦った後だった。
引き裂かれた手足を庇い、オレの肩を掴む。

「フォルセイド様の部屋を目指していた者がいたので……排除いたしました。早く、また追っ手が掛からぬ内に」

そう彼女がいいかけた時、

部屋の扉が、乱暴に破られ、

「王子フォルセイド」
「お命頂戴する」



彼女の緋色が、翻った。



「お前らなどには指一本触れさせぬ!!」



彼女に後ろ手に突き飛ばされ、

侵入者二人を前に

彼女の体に鋭い蔓が幾本も刺さり

侵入者たちを、彼女の両手が燃え上がらせたのは

ほぼ、同時だった。



「っルージュ!!」

床に崩れ落ちた彼女に駆け寄る。
ナグドラおじさまの手先は、瞬く間に黒く消し炭となった。

「フォル、セイ……ド、様、早く……逃げ、」
「……!!ルージュ、カラダ、が、」

彼女の体が、さらさらと。
彼女の綺麗な手も、足も、砂となって、崩れ落ちてゆく。

「ああ、」

輪郭が溶けゆくなか、

「私も、ちゃんと、」

彼女は、



「樹族……だったのですね……」



ふわりと、わらっていた。






その夜、オレは身一つでサクルファスを出た。
だから、その後のことは何も知らない。
オレも病死として扱われたことも、
父上とオレの葬儀が執り行われなかったことも、
リムネがオレを失い、笑わなくなったことも、
キシスが誰に対しても、仮面の笑顔で接するようになったことも、


そしてあの晩、オレの部屋に来たナグドラが、
中身を無くした彼女の制服を見て、人知れず涙を落としたことも。


オレは知らない。
今となっては、何であろうと関係ない。


オレはただ、奪われた場所を取り返すべき時期を、視誤らなければそれでいい。



“この国は貴方そのもの”




「君が反乱軍のリーダ?」
「……お前は、誰だ?」

まぶたの裏で、緋色が踊った。


「オレはフォレス、フォレス=アルセイド。あのさー、オレを雇わない?」





Fin.


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