WEAKEND
- 創作コンテスト2013 -

カーテンの隙間から射し込んでくる、眩しい朝日の光。

聞こえてくる、小鳥の囀り。



―カーテンを開けて朝日を全身に浴び、決意する。


もう帰って来ることのない兄の、私への最後の願いを心に誓って。



           *          



「よし、できた…!」


今日は、自分の兄にとってとても大事な日。


兄がいつも口にしていて、とても尊敬していた『大いなる天使』と呼ばれていた人の仇を取る任務の日だ。


兄は部屋を出る前、「副隊長の仇は必ず討つ」と、とても強い意志を見せていた。


自分も、そんな兄を応援した。

頑張ってね、と。
気を付けてね、と。


だから今日は勉強を早めに終わらせ、お祝いの意を込めて、今自分が作ることのできる精一杯のご馳走を作った。


…きっと、喜んでくれる。


お腹を空かせて帰って来た兄が自分の作った料理をばくばくと食べる姿が浮かび、思わず笑みがこぼれた。


「早く帰って来ないかなぁ…」







この時は、全く思いもしなかった。



…兄が、もうこの部屋に帰って来ることはないなんて。





           *





「…遅いなぁ、お兄ちゃん」


時計を見ると、いつもならもう部屋に帰って来ているはずの時間だった。


…きっと、大事な任務だから長引いているんだ。

それか、もう終わっていてエリーさんとデートしてるのかな。


始めは、そう自分に言い聞かせていた。





だが、時間が経つにつれてミカの心の奥にあった不安は大きくなっていった。


だって、こんなに遅くまで兄が帰って来なかったことは今までにない。




…まさか?




いや、そんなことはない。


絶対捕まえて来るって言ってたから。



そんなことはない、そんなことはない、そんなことはない…。



必死に自分に言い聞かせている内に、玄関の方から扉が開く音が聞こえた。



「お兄ちゃん?」



早足で玄関へ向かった。


それと同時に心の不安が小さくなっていく気がした。


(ほら…私の考え過ぎだったんだ)




「お帰りお兄ちゃ…」






そこで、ミカは言葉を失った。


玄関にいたのは兄ではなく紫の髪の眼鏡をかけた上級天使。



「…アルバート、さん?」

「ミカちゃん…」



アルバートは悲しみと怒り、そして悔しさが混ざったような表情をしていた。


そんな彼の様子にミカの不安は再び大きくなっていく。



ミカは恐る恐る尋ねた。




「あの……何か、あったんですか…?」



アルバートはミカと目線を合わせるようにしゃがみ、ただ悲しみに満ちた目で、


「いいかい、ミカちゃん…落ち着いて聞くんだよ…。…」



アルバートはゆっくりと話し始めた。








「……え……」








彼の口から出た話は、全く信じられない内容だった。




…今回の任務―シャドーカオスの捕獲に失敗したこと。


それに伴って大きな被害―死者・行方不明者が多々出てしまったこと。





…その内に、兄の名前は、あった。


そしてもう1つ、よく知っている名前も。




「…お…お兄ちゃんが…生存…不明……?…エリーさんが…死…!?」




アルバートは、俯いてただ黙って頷く。



嘘だ、と思ったが目の前の実際に任務に行っていた上級天使の様子が、現状を物語っている。




…そんな。

…嘘だ。

…何で。

…どうして…。




もう、そんな言葉しか出て来なかった。


震えた声で、ミカはアルバートに問う。



「…もう…帰って、来ないの…?」



アルバートは目を堅く閉じ唇を噛み締め、ただ黙って頷くことしか出来なかった。


ミカはアルバートが頷くとダムが決壊したように大粒の涙をこぼし始めた。



「…っ…そん、な……そ…んな…!!嘘…やだ、お兄ちゃん…!!っ、絶対…、捕まえて来る…って…!言ってたのに…!!仇、討つって…!!うっ……うああ…ぁああぁあ……!!」



ミカはもう立っていることすらできず、その場に崩れ落ち、声を上げて泣いた。



そんなミカの背中をアルバートは優しく擦った。


また、彼もミカに気付かれないように、俯いて涙を流していた。




―ミカが兄の帰りを信じて作った精一杯のご馳走はもうとっくに冷めていた―。







           *







「…あれ…?」



気が付くと、真っ暗な闇の中だった。

傍にいてくれていたはずのアルバートの姿もない。


「ここ、どこ…」


でも、相変わらず周りは真っ暗で、音も、光も、人気も全くなかった。





「―ミカ…」

「!?」





突然、どこからともなくもう聞くことすら出来なくなったはずの声に呼ばれた。



「お…お兄ちゃん!?お兄ちゃん、どこ!?」



声を、姿を求め、闇の中を必死に探す。


すると、背後に…闇を明るく照らす光を纏った、戻って来ることのないはずの兄―ナルハが現れた。



「!お兄ちゃん!!」



ミカは慌てて、涙を浮かべながら駆け寄った。


ナルハはこの上なく申し訳なさそうな、そして悔しそうな表情をし、

「ミカ。…ごめんな」

と言った。


「オレ…オックスさんの仇、取れなかった…。ルーシとの約束も果たせなかった…。その上、もうお前の所に帰ることすら…出来なくなった…。本当に、ごめんな…」

「お兄ちゃん…」


ナルハは、ぐっと拳を固めていた。

ミカは、そんなナルハにどんな言葉を掛ければいいかわからなかった。


―もう会うことができなかったはずなのに、会えて嬉しかったせいもある。

―ナルハが言う「オックスさん」や「ルーシ」をよく知らないせいもある。


そして何より―…



「ミカ」



急に呼ばれたので驚いて顔を上げると―、ナルハは寂しそうな笑顔でミカを見ていた。



「お兄ちゃん…?」

「1人でも…頑張れよ。お前はオレよりもしっかりしてるから、きっと大丈夫だ…。そして…」



だんだんナルハの身体が薄れて、光の粒となって消えていく。

それと同時に、真っ暗だった闇の空間に光が満ちていく。



「ま、待ってお兄ちゃん!」


「…大いなる天使に、なれよ」



その言葉と同時にナルハは消滅し、眩しい光がミカを包んだ。


視界が真っ白になっていく中、ミカは必死に兄を呼び手を伸ばす。



「お兄ちゃん待って!待ってよ!お兄ちゃん―!!」





           *





「待って!!………?」



目を開けると、見慣れた自分の部屋だった。


カーテンの隙間から日の光が射し込んでいることから今は朝だということがわかる。




「…夢…」




それにしても、いつの間に眠ってしまったのだろうか…。

服はそのままということは1日しか経っていないはずだろう。




ふと横を見ると紙切れが置いてあった。


何だろうと思い手に取ってみると、それはアルバートさんからの置き手紙だった。



どうやらあの後、ミカはしばらく泣き続けて気付かぬ内に眠ったらしく、アルバートがミカをここまで運び、テーブルに並べてあった夕食を冷蔵庫に入れておいた、とのことだった。



次会ったら、お礼を言っておかないとな…。







―ミカ…

―大いなる天使になれよ―




「―!」




突然、夢で言われた兄の言葉が蘇った。




その途端ミカは理解した。


これから自分がどうするべきで、何をするべきかを。





ベッドを降り、カーテンを開ける。


射し込んで来る、眩しい日の光。



その朝日に、もう帰って来ることのない兄を重ねて、



「…お兄ちゃん。私、なってみせるよ。『大いなる天使』に。…だから…見ていてね、『兄さん』」



そう、誓った。



―大きな決意をしたミカの瞳に、もう涙はなかった。


あるのは、強い光と真っ直ぐな意志。



兄の願いを、想いを、心に誓って―。









彼女が「史上最高の天使」と呼ばれるようになり、再び兄と再会するのは、もう少し先の話である―。



               ――fin.



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