WEAKEND
- 創作コンテスト2012 -

四方から魔物の断末魔が聴こえる。
自ら選び組んだ精鋭たちだ、この魔物群に物怖じせず冷静に対応しているのがわかる。

だがこのままでは数で押しきられてしまうだろう。
少し危険を侵してでも一掃するのが最善だ

前方から襲いかかってきた1つ目の魔物を斬り捨て、地に手を当てた
聖力を込め、十数メートル程の陣を形成する

「お前たち、濁流を作れるか!?」

連携を組んでいた二人の上級天使に振り向く
二人は直ぐに意図を理解し、魔物の群れに飛び込んだ

「造作もない!」

「巻き添えを出さないよう防護魔法の連絡を!」

その声が聴こえるや否や怒号を上げて大きな波が現れた、それを確認してオックスは小さな炎を上に向けて放つ

乱戦時の後退の合図だ。
その炎を見た天使たちは一斉に陣の内側へと飛び退き、彼らもまた意図を理解した。

「皆、防護魔法をかけてくれ。
濁流はさすがに止められないからな」

そう全員に声をかけ、聖力を練り薄い光の膜で身体中を包む

大波にさらわれた複数の魔物がこちらに向かい流れてきた

「…轟け。」

もう一度、陣に手を触れる
大きな雷が陣の全体を走り回り、程なくそこに大波が衝突した

激しい雷鳴が響き洞穴内が輝く、濁流に乗り陣から解放された雷撃はその中にいた魔物全ての体を貫き、轟音と共に消滅した。

 

 

 

「…生体反応を確認。
シャドーカオスと見受けられます」

再び闇に包まれた洞穴内。
事切れた魔物の群れの奥に、シャドーカオスはいた。

先程の雷撃を受けたのだろう、息が荒く立ち上がる事も出来ないようだ

「副隊長…、今なら捕獲出来るのでは?」

隊の1人が話しかける
確かに今なら捕獲も出来そうだ、出来そうだが…

その時、何か黒いモノが目の前を突き抜けた

「お前…た、ちは…天使、だな?」

先程濁流を起こした上級天使の1人が呟いた

「……!?」

振り向く前に大きな波に襲われた
大波は先程魔物を呑み込んだものよりも強く、オックスを含めた第一小隊は洞穴内の各所に体を打ちつけられながら外へと押し流されていった

「…う、いっ、何が…?」

突如仲間を襲った天使の行動に混乱して、防護魔法をかけることができなかった

身体中の痛みに朦朧とする意識の中、1人立つ天使の姿を見つけ、目を見開く。

「この体はもう駄目だな…」

彼はそう呟き、倒れた。
その体から黒いモノが現れ影のような姿になり、その影はずるずると地を這っていく

なんとか体を起こし、その先を見据える

 

ゲートだ。
こんなところにゲートがあるなんて。

立ち上がり周りを見る
仲間たちは静かに地面に横たわっている
気を失っているのか、それとも。

「…すまない、みんな」

本来なら負傷した仲間の手当てをするのが当然だろう

だが、今シャドーカオスを逃すのはあまりに危険だ
回復能力と捉えていた奴の能力はそんな生易しいものではなかった。

別の生物の身体に憑依し、その者が積み重ねてきた技さえも我が物のように操る…それがシャドーカオスの力だったのだ。

「…逃がすわけには、いかない」

奴の目指すゲートの先は十中八九魔界だろう

逃げられたら最後。
シャドーカオスと合間見えることはできない

だが幸い、奴も手負いだ
どこかで体を休める必要がある筈…そこで全ての決着をつける

それまで、どこまでも追い続けてやる。

彼はシャドーカオスの通り抜けたゲートに1人、迷いなく飛び込んだ
天界の為に、天人の為に。

 

 

 

 

 

―――――魔界、とある洞窟。

 

 

「…もう、諦めろ。
お前に生きる道はない」

暗い洞窟の突き当たり、行く手を阻まれたシャドーカオスが淡々と語りかけた

ゲートを抜けてからこれまでずっと、どこまでも追い続けていた
草原、山、荒野、そしてこの洞窟。

きっとここがシャドーカオスの住処なのだろう。

「諦め、ないさ…俺は。」

致命傷を受けた
とうに聖力は空だ、頼れるものは剣技だけ。
でもそれももう、永くは続かない。

「馬鹿か。
それだけ醜く生にしがみついて、何が面白い!」

大丈夫、奴にも致命傷は負わせている

「たしかに、散りゆく時は一瞬の方が美しいだろうな…
でも、俺はできることなら、散ることなくずっと咲いていればいいと…そう思うから」

後は、どう立ち回るか。

「滑稽だな、ただ命を無駄にして放った言葉がそれだとは。」

辺りを見回す
致命傷を受けた身で、相手を確実に倒すのにはやはり…これしかないだろう

「…そうだな、ならば華々しく散ろうじゃないか」

力を振り絞り剣を握る
もう握力はあまり無いが、この天井を斬り落とすぐらいならできるだろう

深くしゃがみこみ、跳ぶ

「ッ!?悪あがきはやめろ!!」

シャドーカオスの魔法が幾つも放たれる

別にいい。
当たろうが当たらまいが、勢いが止まることはない

オックスは大きく剣を振りかぶり、天井に向けて振りおろした。

 

 

 

――――――

 

 

魔界は、どこも美しかった
この任務が終わって休みがとれたら家族で旅行に行きたいくらいだ

ルーシは少し大人びているから心配だけど、喜んでくれるといい。

シャドーカオスを追っている間、ずっと思っていた事だ

妻への土産は綺麗なピアスにしよう
ルーシはまだ食べ盛りだからお菓子の方がいいかな

すごく疲れたけれど、家に帰ればきっとそんなものは吹き飛んでいくのだろう、きっと…

 

―――――――

 

 

天界の為、天人の為ならなんだってできるつもりでいた。

(…変わらないな、お前は。)

だけど、だめだ
今はどうしても、家族の事を考えてしまう。

(また任務かよ。)

"大いなる天使"だなんて二つ名は、自分には相応しくない

(生きて帰ってきてくれ、オックス)

もう体は動かない
それでも、こんな時になってどうしようもなく思ってしまう

「…取引をしないか、天使よ」

崩れ落ちる洞窟内。
このまま何もしなければ、シャドーカオスを倒すことができるだろう

「このままでは…我々は共倒れだ。
お前の体を、貸せ」

ああ、でも、だめなんだ

俺は、生きたい。
生きて家に帰りたい。
わがままで、自己中な、ちっぽけなただの天人なんだ

「…約束、したもんな
お土産…持って帰るって」

家を出る前に見た、小さな家の風景画を思い出した

(…あと、母さんの分も。)

「ああ、わかってるよ。」

瞼をゆっくりと閉じる
最後に見た光景は、黒い影に包まれていく自分の姿だった。

 

 

 

 

 

天界の仲間に…妻に、ルーシにもう一度会うために。

それが天界の為にならないことだったとして、誰が責める事ができるだろうか。

だがそんな言い訳をすればきっと、皆にこの業を背負わせてしまうことになる。

だからこのまま、闇に消えよう。
天界の為に、天人の為に。

そして、今も体の中で徐々に広がる影を追う者が現れないよう…限界まで自分の中に閉じ込めておくつもりだ。

遠くで鍛練に励むルーシを少しの間眺め、小さく微笑んだオックスはその場を後にした。

 

 

 

鍛練する彼の傍らに置いてある小包に彼が気づくのは

きっともう少し、後のことだろう。

 

fin.




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