序章
陽炎の中の孤独な戦い
〜ミカ編〜
day6/10:45
自分の放った火が、辺りを包んでいた。その炎による揺らめきか、それとも、魔界にしては珍しく強い日差しから起こる陽炎のせいか、目眩によるものなのか、ミカ自身にもわかりかねていた。
朝から闘ってきた大天使ミカにも疲労の様子がうかがえた。さらに、幾日も闘ってきたのもあり、その疲労もかなり重い。
だが、相手も手加減をすることはない。目の前をじっと見据え、魔法の詠唱を始める。
「フレアストーム!」
いくつもの巨大な火の球が、魔王軍に対して浴びせかけられる。火に焦がれ、20から30もの兵は倒れただろう。
「残り…50と少しいったところね」
――ギリギリなんとかなるかしら
「総攻撃だ! 全員で攻撃を放て!」
生き残った50の兵から、幾つもの魔法、矢が、雨のように浴びせかけられる、避けながらミカは複数の炎弾を放つ。
――持久戦になると勝ち目は無い・・・
ミカは覚悟を決めた。
「一気に決める!」
「僕の助けが必要なようだね」
目の前に現れたのは、赤黒い髪、黒い顔、そして、72獣特有の紅い瞳。道化師ともとれる奇抜な黄色の服を着た人型の獣。
「まさか72獣まで手なずけているなんて」
「手なずけるとは・・・猛獣のような言い方はしないでくれたまえ。
こう見えて、僕は紳士なんだ」
ミカは思い出した。72獣の中で『紳士』と名乗る者の名前。
「魔界72獣のラビアデカ・・・
プライドを捨てて魔王軍に下ったか!
お前に宿る力をなんだと思っている」
ラビアデカが黒い球体を笑いながら放つ。持っている炎剣で弾くミカに、ラビアデカは嘲笑しながら続ける。
「大昔のことなんて知らないなぁ
上手に使ってあげないと堕ちてしまうだろう、
力は」
ラビアデカの攻撃も加わり、ミカは攻撃のタイミングを見失いかけていた。もう体力もつきかけていた。
「この人数に加え72獣では・・・
私はここまでか」
ズオォォ――ン!!
周りの兵達が、音の方へ走る。次に聞こえたのは、兵たちの悲鳴。
「来てくれた…」
後ろを振り向かなくともわかる、誰が助けに来たのか。
「これで目の前の敵に集中できる!」
ラビアデカに向かって、炎剣ジャッジメントフレイムタンを向ける。
ラビアデカは舞うように、いや、戦場を愉快に跳びはねながら魔法を次々と放つ。
闇の気を帯びた魔法を弾きながらミカは距離を詰めていく。
ラビアデカの目の前に、巨大な炎の壁が現れる。ラビアデカはそれをひょいと乗り越え、再び魔法の詠唱を始める。炎の壁では距離を詰められない。悟ったミカは、覚悟を決めた。
「一気に決める!」
再びフレアストームを唱え、ファイアウォールも四方に唱える。流石のラビアデカも逃げ場を失った。
「くらえ、ジャッジメントフレイムタン」
フレイムタンの刀身が伸び、ラビアデカを斬り裂いた。
「…そうか、お前が…
魔王軍で噂の、『戦場の死神』」
「あいにく、私はそんな可愛げのない二つ名で呼ばれてないわ
それは私の相方の名よ」
大きな傷を負ったラビアデカだが、辛そうな笑みを浮かべ
「ここは引かせてもらおう」
颯爽と去って行った。
まだ残る炎の熱気に、ミカはすこしくらくらとした。何者かが背中を支えた。
「戦場で孤立しすぎだ
大天使なんだ。お前がやられる事の意味、知らぬわけではあるまい」
聞きなれた冷たい忠告。噂の『戦場の死神』
「あなたが来てくれるってわかっていたから
それにこの大天使の称号は私一人のものではない
あなたに譲ってもらったものよ」
「俺が来るとは限らない。もう少し、自分の出来る限りを考えろ」
「…ふふ、やっぱり、…思ってた通りのこと言うね」
視界がぼんやりとしてきていた。目の前が暗くなっていく。
「無理はするな、後は俺がやる」
その声の後を、ミカは覚えていない。
day6/11:10