――天使の城・廊下――
「でーことぼこーがなんかうーまくかみーあってないー♪」
…また、歌っている。
「連続エラーのデッドボールで心がズタボロ♪」
頼むから廊下を歩きながらご機嫌に歌わないで欲しい。この場所を何だと思っている。弁えてほしい。
それに、聴いているこっちが恥ずかしい。苛々が止まらない。
「空間定義や属性論の話ーだなんて、ふーんとかへぇーんしか言えない。私、なんとなくおバカ♪」
もう、見ていられない。
「『コーヒーに紅茶、なくなったのは30分も昔。レモン水フェチか僕ら?お冷やをがぼがぼ飲んでる。』だ。一番と二番を間違えるな」
と後ろからチョップをかましてみる。あだッ!とか聞こえたが気にしない。
「それに『なんとなくおバカ』は貴様の方だ、ヴェダ」
ついでに両頬を思いっきり引っ張ってみる。よく伸びる皮だ。
それもこれも毎日の訓練の賜物だがな。先月度から0.5ミリ程感触が良くなったのだ。
「へんひゃいひひはりはいほひゃらひょっふはひぼひんひゃないかひゃあ」
たぶん今のは「先輩、いきなり背後からチョップはヒドイんじゃナイカナァ」と思われる。
「俺の気配を読み取れない貴様が悪い。公衆で気持ちよく歌ってるからだ」
この俺の愛ある叱咤のどこに否があると言うのか。
自分の事しか考えていない奴には有難い拳のはずだろう。
「ひゃっひぇ、ひゃおーんが」
「ラオンは関係ない廊下で歌うなと何度言えばわかる」
「ごひぇんひゃしゃあいじちょーしひゃす。ひゃす。」
「……いいだろう。」
と、本日も「ごめんなさい自重します。します。」を聞いた所で彼女の頬を解放する。
明日も、明後日も、256日後も、この台詞を聞き、じわりと痛む赤い頬を撫でる彼女を見るのだ。毎回本気になってたまるか。
しかし何が『きっとヴェダさんにぴったりの曲だよ』だ、ラオンめ。完全にヴェダのツボを付いたせいで連日こんなノリだ。
ありとあらゆるタイミングで、能天気に、気持ちよく、どこの遠足気分の子供だと思わせるような歌いっぷりを見せつけてくれる。
そのせいで俺もうっかり歌詞とリズムを覚えてしまった。
歌謡曲を1曲フルに、歌詞を違える事なく完璧に覚えるなぞ、俺の歴史上初の快挙。ラオンめ……許さん。
この憂さを晴らすには…
「で、今日はもう上がりか?上がりだろうな」
「先輩は「行くぞ」……あい。」
――天使の城付近の丘――
いつもの様に愛しのナイフに聖力を集め、いつもの様に粘土をこねこねするように人を形取り作る。
言うだけは非常に簡単。言うだけは。
…ぽんっ!
力が纏まらず、飛散した音だった
「だめかぁ〜、疲れてんのかなぁ」
「雑念が多すぎるのだろう。こういう修行は心を穏やかにするのが定番だ」
とか歌いながらやるな!とか訓練は神聖な儀式だとか、意味のわからん事をぶつくさぶつくさ言ってくる。
これでも自分なりには真剣にやっているのだが、流石にこの偉大なる先輩相手じゃ、何しても不真面目になりそうだ。
「しかし何故この鍛錬にこだわる」
「だってさ、別人格ですってよ奥様」
「馬鹿馬鹿しい。ヨーイフさんの本棚にあったとはいえ、本当に実在する技とは思えん」
そういう事をあんたが言うか〜といつも思う。割りとマジで
うさんくさいとはわかっている。でも夢とか希望とかに掛けたいお年頃ですよ、えぇ
「ま、ま、ま、ま。この鍛錬がきっかけで、わたしの昇格試験合格に繋がればハッピーラッキーじゃないか」
「貴様に必要なのは知識だ。実技はもう十分だ」
「やったっ上級天使さまに誉められた」
「せっかくだ、今から試験勉強に移るか?」
「今日は夜空がキレイだからアナタトイッショニイタイナア」
「なら続けるぞ」
「……へい。」
こんな夜に、男女ふたり
こんな夜に、人気のない高台で
こんな夜に、数ヶ月もずっと
よくやるなぁ、わたし。
独りだと絶対に、毎日のようにこんなことしてないわ〜
しかし今日は暑い。
はじめてこの秘密の鍛錬を始めた時は、桜が咲く頃だった。今やハッパがモリモリぐんぐん育って命に溢れる頃合い。
まったく、月日の流れは早いわ〜
――――
「先輩」
「なんだ」
「飲みませんか。休憩は必要ですぜ」
と彼女は鞄から水筒とコップを二つ出す。
そうか、今は夏。
以前はあまり気にしなかった喉の渇きが、だんだん気になってくる。たまには気が利くじゃないか。
コップに注がれた透明な液体をありがたく受け取ることにしよう。
更に気が利く事に、ちゃんと敷物まで持ってきている。この辺りは砂利しかないので助かる。
ミミンガを模した、子どもに人気の愛らしいキャラがプリントされていて恥ずかしいが、今回は目を瞑ろう
「ふひひ、かんぱ〜い」
「飲んだらまた再開するからな」
こつんと互いのコップを当て、一気に飲む。
うむ、やっぱり暑い日はよく冷えた酒に限るな。
ん?
「ひゃほー!!!」
「酒…だと……!?ヴェダァアアアアアアアア!!」
こいつ、一口飲んだだけで出来上がってやがる!完全に千鳥足だぞおい!
「わたしよっちゃったみた〜い(キラン」
「貴様アルコールは水筒に入れるもんじゃないだろうが!」
「だってぬるい酒は冬しか認めませんよ」
もう見当外れの答えしか返ってこない。どうする、この千鳥。
ため息も出す気も失せる。肴は炙ったロトトでもいい〜♪といつもより上機嫌に歌い、ふらつき、ナイフを振り回すこいつからもう逃げ出したい。
「せぇんぱぁ〜い、星も綺麗だしぱぁ〜っと!呑みましょうぜ!!」
もうダメだ、俺は帰る。部屋で自主トレして寝る。決めた。
「今日の修行は終わりだな……俺は帰るぞ」
「ツレナイネェ〜。独り酒なんて寂しいじゃ〜ん」
勝手にしてろ。そう言って帰り支度をしていた時だった。
「よーし、パパ呑み相手今から創っちゃうぞ〜!」
ふらつきながら持っていたナイフを宙高く投げつけ、
「こ〜のままさよ〜ならなんて、寂しすぎるんです〜♪」
とまたあの歌を歌いながら、聖力をナイフに集めると、上の方から『しゃららららん』と歌声が響いた。
この歌を知っている。
この声を知っている。
何故ならヴェダだからだ。
でも酔っ払いの本人は目の前で能天気に歌い、踊っている。空から聞こえるはずがない。
何故。
その答えはやはり空から降りてくる。
宙高く投げたナイフは、いつまでも落ちてこなかった。
代わりに落ちてきたのは……『ヴェダ』
「でーことぼこーがなんかうーまくかみーあってないーみたいなー♪」
「連続エラーのデッドボールで心がズタボロ♪」
……俺もだいぶ酔いが回ったのかもしれない。
「空間定義や属性論の話ーだなんて♪」
「レモン水フェチか僕ら?♪」
「私、なんとなくおバカ♪」
めんどくさいのが3人になってもういやだ。ほっておく
「俺は帰るからな!仲良くしてろ!!」
「帰る前に」
「ちょっといいかな?」
「「「先輩」」」
「同期だ」
3人同時に話しかけるな。
「「「これどうやって元に戻せばいいんすかねー?」」」
「知らん」
アルタエグォ生誕物語、完。