WEAKEND

- 創作コンテスト2012 -

「ムートくー……あら、いないや」

勢い良く開け放った扉の中、室内は空だった。
呼び掛けを途中で飲み込んで見回すと、奥の窓辺でカーテンがはためいている。
どうやらバルコニーへの扉が空いているらしい。

「ふふ、そこかっ」

お邪魔しまーす、返事を待たずに部屋を横切り、バルコニーの出入口に立つ。
予想通り、月夜に照らされる金の髪と線の細い後ろ姿が見えた。

「……何の用だ、ユイ」
「きゃあ、振り向かなくとも分かってくれるなんてユイ嬉しいっ」
「そう信じたいならその派手な気配と声を自重したらどうだ」
「もうムート君たら素直じゃないなぁ。愛の力って言ってよー」
「素晴らしい勘違いだな、人の話を聞け」

いつものやり取り、楽しく喋る私と淡々としたムート君。
変わらない、何も。

「てか、外寒ぅ!!」
「……そんな格好で氷を操るお前が何を言う」
「それとこれとは別なのです。ムート君寒いーそのファーコートちょーだーい」
「断る」
「うぅ、冷たい……今の空気より冷たい……」

しくしく、と泣き真似をしながら袖を引いたら。
あ、ちょっと呆れた顔、久しぶりに見たかも。

「……全く」

パチン、とムート君が指を鳴らして。
ほわっと、少しだけ空気があったまった。

「わっすご、何したの?」
「何でもない。ただの火属性初級魔法だ」
「わぁさっすが!さすがムート君♪」
「……これくらいはできる。お前もすぐ使えるようになる」
「無理だよぉ、あたしクールな氷の美女だもん」
「……お前な」

ふぅ、て溜め息ついてから。
あ。
ちょっとだけ、笑った。



「……変わらないな、お前は」



それは、苦笑って感じの笑い方だったけど。
久しぶりに、わらったかお、見た気がした。

「……ムート君、疲れてる?」
「何故だ」
「何となく」

普段そんなかおしないから。
ちょっと、心配になっただけ。
……笑った表情(カオ)見て心配になるなんて、ふくざつ。

「……どうしたの、バルコニーで。外なんか眺めちゃって」
「……」

らしくない。
ほら、いつもなら『関係ない』って切り捨てるのに。


「……大地は広いな、と。そう思っていた」

何で今日に限って、そんなことわたしに聞かせるの。



「凍える大地で騎士が二人死んだ」



ムート君が低い声で、固有名詞を二つ呼んだ。
聞き覚えはあるし顔も一応覚えている。でもそれだけだ。
駒は壊れたら終わり、そんなの皆よくわかっている。

「ムート君、まさか悲しいの?」
「馬鹿を言え。敗者を惜しむ趣味は無い」

ただ、と付け加えて。
ムート君はまた、遠い闇の向こうにぼんやりと目をやった。

「サタン様とて、不老不死ではない……苦戦が続くと、これ以上貪欲に領土拡大を目指すのを止めてしまうのではないか。漠然とした懸念が有る」



「俺はあの方の剣だからな。振るわれない剣は存在する意義が無い」



イヤだ、と急に思った。
こんなムート君は、初めてで。
……違う。
こんなの、ムート君、じゃない。

「あ、はは、何言ってんの、」

笑い飛ばそうとしたのに、口から出たのはひきつった自分の声で。
喉が渇いて、何も言えなくって。


「……」


黙って、後ろを向いて。
柵に凭れ掛かるムート君の背に、寄りかかった。

「……何だ」



……不要なんて、そんな筈無い。



「……どうした、急に随分静かになったな」

私だって、そんな時もあるよ。
そう言い返そうとして、言葉にならなくて、ただ預けた背中により体重を掛けた。

「オトメゴコロは複雑なの」
「そうか」

ムート君はそれ以上何も言わず、黙って背中を貸してくれていた。
伝わってくる体温がやけに沁みて、訳も分からず泣きたくなった。



戦うだけが、剣じゃないでしょ。



そんな、わたしらしくないこと。
それを伝えたくて、ただ、黙って空を見上げていた。






fin.



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