※非公式設定アリ
―――黄金天使。
その呼び名は天魔大戦を生き抜いた者の中で、最も活躍した数名の天使を讃え贈られた俗称だ。
役職ではない呼称ゆえその人数は人により異なり、
黄金四天使
黄金六天使
黄金七天使
黄金十二天使
…と、呼び名が変わる。
とはいえ一般に浸透しているのは黄金六天使か、最後の1人で意見の別れる黄金七天使くらいで、
そんな意見の別れる七人目の天使も、現存する実力者の中から選ばれるのが順当だ。
だが、語る者によっては既に現存しない天使を七人目とする者もいる
…そう、
これは…天魔大戦中、天使軍のとある小隊に所属し無事生還した者達が口を揃えて語る、
和平を愛した天使の物語。―――
無数の怒声が耳鳴りのように反響する。
大気は乾燥し、時折吹く風は砂ぼこりを巻き上げ、飛び交う魔力の塊は頬を掠めていく
視界の悪い戦場で目を凝らすと、魔王軍の兵士が放った一撃が味方に命中するのが見えた。
敵は雄叫びをあげて勝ち誇っている、まだ自分に気付いてはいない…好機だ。
駆けながら魔力を練る、詠唱を放棄し脳内の想像だけで放つのだ。
イメージは負傷した味方を避け、敵のみを食らう巨大な津波…
敵との距離が近くなってきた。
それとほぼ同時に魔力を圧縮した両手に微かに湿り気を感じ、それを敵に向けて突きだしてやる
「ダイダルウェイブ!!」
両手から放たれた水流は大海の大口、不意を突かれた魔王兵の断末魔すら飲み込み、ついでに辺り一帯の魔王兵をも流していった。
急いで負傷した味方に近づく、こんな時の為に治癒魔法を覚えていればと後悔をしたが幸い命に別状は無さそうだ
安堵の息に間もなく、耳鳴りのような怒声が歓声に変わった。
どうやら、ここの戦いは天使軍の勝利で終わったようだ。
―――――
「納得がいきません!!」
手を叩きつけた机の上にある書類が雪崩を起こしながら落ちた
「もう決定事項だ」
「なぜ、なぜシェナやラズちゃんが最前線に向かわねばならないのですか!?」
「何度も言わせるな、決定事項だ」
「…ッ、それならば私も最前線へいきます!指揮をとらせてくだ」
「…レイシャ、気持ちは分かる。だが、龍族が敵に回ってしまった現状ではお前たちを好しとしないものも少なくない。」
「ならば、なぜ私は…」
「キャリアの違いだ。お前の力は皆が知っている、むざむざ最前線に出して失いたくはない」
レイシャは自分の黄襟をちらと見る
種族間の争いがなくなり、いつか「種族」という考え方がなくなること。その目的の為に今日まで走ってきた
その報いが、自分だけ安全な場所でのうのうと生き残り妹や幼なじみを危険な場所に晒すことであるなんて。
歯を食いしばる。
能力の認められた者は退かされ、認められなかった者は表へ押しやられる…これじゃあ種族間の差別と何ら変わりないではないか
踵を返し、無言のままレイシャは作戦会議室を出た。
「はぁ…平和へは遠いなぁ…」
「…浮かない顔をしてますね、レイシャさん」
駐屯地の境界ギリギリの場所に座りこみ、辺りを囲う山の向こうで今も続いているであろう戦いを思っていると、突然話しかけられた
やんわりとした声色にヘッドフォンから漏れる音楽、こんな奴は一人しか知らない
「あれ、ラオン君じゃない。たしかそっちの部隊は違う場所にあるはずだけど?」
「物資が足りなくて補給を頼みにきたんですよ」
「とかいってー、ほんとは私に会いにきたんじゃないのー?」
「ははっ、そうかもしれません」
「おろ、ラオン君も言うようになったね」
他愛の無い話を続ける。
大戦が始まってから、こんなに穏やかな気持ちになったのは初めてかもしれない
「そういえば下級の子、面白い子がいるのよ!つるつるのペンペン頭の…誰だったかな」
「ライゼンさんです、いい加減名前覚えないと怒られますよ」
「あ、そうそれ!ライペンちゃん!」
「…。レイシャさん…」
楽しい時間は矢のように過ぎ、夕暮れになるとラオンは自分の部隊へと帰って行った
「…私の後にも、こうして接してくれる人がいる」
誰もいなくなった道で彼女は呟いた
自分に流れる血は他の天使たちとは異なる。
そのおかげで村を出る時は猛反対されたし、天使になってからも何度罵倒されたかわからない
でも、中には彼のような者もいる
胸が、温かくなった。
その日は暗い夜だった
空は星も月もない、魔法の衝撃音も剣のぶつかり合う音も闇に呑まれているような静かな夜。
魔王軍に敗退し、傷だらけになった天使たちが運び込まれた
その多くはまだ天使になったばかりで、実戦経験もほとんど無いに等しい者ばかりだった
その中に妹、シェナの姿を見つけた
軽い傷を負っていたが気にもとめず、傷ついた天使の治療を手伝って…
「ラズちゃん…?」
「大丈夫だよ、姉さん…ラズは、その、」
シェナが治療していた天使は二人の幼なじみ、ラッズィだった。
「三人がかりでこられたんだ、少し痛めつけられたけど…シェナが助けてくれた」
頭が真っ白になる。
そこに、上級天使の1人が歩み寄ってきた
「二人とも、動けるな?」
「「はっ、はい」」
「うむ、それでこそ天使だ。明日の交戦時はお前たち下級天使に先陣を切ってもらう、体を休ませておけ」
…この人は今、なんと言ったのだろう?
「ま、待ってください!傷を負っている…ましてや下級天使に先陣をなど…正気の沙汰とは思えません!」
「ここは戦場だ。傷ついた仲間を庇い死ぬか、有効な戦略に利用し勝ちに行くか…お前なら明白のはずだ」
レイシャは向き直り怒鳴る
他の天使たちが心配そうに見ていたが、そんなことはどうでもいい
「あなたは!それでも上級天使ですか!?仲間を捨て駒扱いするなんて、天人としての誇りはどこに消えたの!?」
「黙れ!!裏切者の龍族の分際で!!貴様の妹もそこの混血も我らの壁になれるだけ光栄だと思え!」
全て言い終わった後、上級天使ははっと口をつぐむ。
レイシャは、俯いて唇を噛んだ
「…ッそれが、本心ですか」
「いやっ、今のは…ただ…」
「…判りました。誉れある天族の為に…私も壁に、私も最前線に出ます」
淡々と、静かに
「天使軍第9小隊は今この時より脱退します。1人の戦士として、私も最前線に行かせて下さい」
誰も、何も言わなかった。
出発の朝。
先陣を切る部隊の前に、作戦が告げられた。
方々に散り敵部隊の撹乱及び、戦力の分散。
つまり、本隊が相手部隊を全滅させるまで制限無く戦うという事だ。
それを聞いたシェナとラッズィは、レイシャに詰め寄る
「本当によかったの、姉さん…」
「なにも俺たちを庇うことなんて、せっかく上級天使になったのに…」
俺たちのせいでレイシャさんの夢が…と、ラッズィは俯く
「たしかに、龍族と天族のわだかまりを消す為には上級天使くらいの発言力は必要だったけど…そんなの、意味がなかったんだって気付いたの」
レイシャは二人の肩に手を回した
「だーいじょうぶ!二人とも、ううん。最前線に行かされる天使みーんな。私が絶対死なせないから」
上級天使の力を見せてあげる!と、不安をかき消すように彼女は笑っていた
「みんな聞いて!」
作戦決行の合図より進みはじめた天使たちは生気なく歩いている
「あなたたちは、私が絶対に守ります!…この小隊は本隊の壁なんかじゃない、この一歩は死地への一歩じゃない…生きる為に進み!平和の為に戦うの!」
治療が間に合わず、未だに傷の治っていない天使たちは顔を見合わせた
レイシャは腰に差していた剣を掲げる
「私は龍族だけど、戦争を終わらせたい気持ちはみんなと同じです。種族も階級も関係ない。力を合わせて…生きましょう、必ず」
全員、気づけば武器を掲げ歓声を上げていた
…どれほどの時間が経っただろう
走り回って足は棒になり、何度も叫んで自分の声かもわからない程の、無数の怒声が耳鳴りのように反響する。
大気は乾燥し、時折吹く風は砂ぼこりを巻き上げ、飛び交う魔力の塊は頬を掠めていった。
先程放った魔法でもう魔力があまり残っていなかったが、歓声を聞く限りもう戦うことはないはずだ。
でも何か嘲笑うような声が混じっているような…と、助けた天使を優しく寝かせ歓声の方を向き、自分の目を疑った
魔王軍の残党たちがシェナを囲み、剣をその胸に突き立てようとしていたのだ
咄嗟に、助けた味方の両手に握られた二刀を投げつける
一つは魔王兵の剣、もう一つはその持ち主を吹き飛ばした。
「シェナ!!」
シェナの両手を掴んでいた魔王兵に体当たりする
体制を崩した隙に足を払い転ばせ、シェナを引いてその場から離れようとした時、
いきなり体制が崩れた
足を刺されたらしい。
その拍子に二人とも転倒し激しく体を地面に打ち付けた
「こいつ…なめた真似を!」
立ち上がる前に、レイシャは魔王兵に蹴飛ばされる
「そのガキは後だ!上級の方が手柄になる!!」
ばしゃん、と先程放った魔法の水の上まで吹き飛ばされた。
激痛に耐えながらシェナを見る
どうやら頭に血がのぼった魔王兵たちは全員、自分に向かってきているようだ
視線だけずらし、黄襟を見る
意味のないように見えていたこの襟が、こんなときに役に立つとは思わなかった
もう、満足に動けはしないが。
手を力なく広げる
もういい、もう疲れた。
夢を叶えることすらままならず、妹を助けることもできない
なぜヒトは争いを続けるのだろう
なぜ優劣でしか物事を捉えられないのか…くだらない。
…そう、このくだらない大きな戦の歴史に、私は埋もれるのだ
後世には龍族の中の変わり者だと言われるくらいだろう
瞼を閉じる
体の下を力なく流れる水は今の自分の心境と似て、さざ波のように穏やかだった。
…この水はなぜ、まだ残っているのだろうか。
目を見開く。
まだ、終わっていない。
この水は、私は。
まだ完全に力を失っていない!
水に全魔力を注ぎ込む
自分の周りは既に魔王兵に囲まれていた。
つまり、敵は今、水の上にいる
詠唱は間に合わない
ならばさっきと同じだ。
「言い残した言葉はあるか」
魔王兵の一人が、剣を突きつけた
「…ねん、」
「…?」
「残念、ここ一帯の水は全て…私の水よ」
魔力を解放する
再び勢いを取り戻した水は龍が如く、上昇した激流は周りの魔王兵…術者すら飲み込み、
そして…
気がつくと、部隊の天使たちが自分を囲んでいた
全員怪我が増えてはいるものの、無事なようだ。
ほっと一息をつき、起き上がろうとする
…動かなかった。
「姉さん…ごめんなさい、ごめんなさい」
シェナが泣いている
それだけで全てを理解した
「謝らなくていいよ、シェナ」
感覚がないお陰で痛みもない
それに、今は気分がいい。
「戦いは、終わったの?」
「終わりましたよ、レイシャさん」
天使たちの中を割ってラッズィが応えた
ずいぶんと遠くから走ってきたのだろう、額に汗を流したままだ
「そっかぁ…これで平和に一歩、近づいたかなっ」
にっこりと、出来ているかはわからないがしているつもりで、レイシャはラッズィに訊く
「はい…平和になりますよ」
「これで天界も安泰だね」
「はい…きっと」
「私も早く怪我を治してがんばらなきゃ!」
「……はい」
「ふふ…ラズちゃん。シェナを、よろしくね」
「……は、い」
争いは絶えない。
たぶんこれからも種族の違いによる確執は消え去ることなく、それこそ平和などとは程遠い関係が続いていく事だろう
だが確かに今、他でどんなこと起こっていようとも。
ここは…天族が龍族を想うここだけは、平和だった。
「あーあ…もう少し、ここに居たかったなぁ」
いや、世界は元より平和だったのだ。
空は西陽がかかる夕焼けで、毛先を揺らす程度の風は呆けるほど気持ちがいい
力強く根を張る草木は僅かだが温もりを感じ、脈打つ大地はその上にいるものを優しく支えている
そう、世界は平和だった。
誰もが数秒立ち止まればわかるくらいに。
それを、争いを続けるヒトたちに少しでも伝える事ができたら、と彼女は憂えた笑みをこぼす。
「でもまぁ、いっか」
ぼやけていく視界はまるで夢うつつに
夕焼けに照らされた黄襟はさながら黄金の輝きで
全ては陽炎のように儚く消えて、彼女は静かに眠りについた。
―――その後の事は、もはや語るにも足らない事だろう
天魔大戦は終結し、本当の意味での勝敗はどちらにも無く。
ただ残った者は在るべき場所へ戻り、これを後世に語り継いだ。
種族も階級も関係なく前線で戦い、ただ一人の犠牲も出さず、ただひたすらに和平を愛した
龍族の変わり者の、
偉大な天使がいた…と。―――
…fin.