WEAKEND
- 創作コンテスト2011 -

※流血、グロテスク、暴力表現及び過去捏造が大いに含まれます。
※「ラオンさんは間違っても部下に手出しはしない」とお考えの方は特にご注意下さい。



***





―診察室―



ほんの数時間前、ハーニはラファに連れられてここに来ていた。
ラオンの事を聞く為に。


束の間の沈黙が辺りを支配する。




「貴女は、ラオンのあの姿が何なのかが知りたいと仰っていましたね」

「え……あ、はい」


何から聞いたら良いか解らないとばかりにじどろもどろになるハーニを余所に沈黙を破ったのは、ラファの方であった。


「何から話したら良いかしらね。 …まず、ラオンの心臓の中には『赤き悪魔』が宿っています。またの名を『レッドエンジェル』と呼びますね」

「え…っ」


レッドエンジェルはラオンの技の一つでは無いだろうか。
リーダー初任務前日に戦闘練習をした時に危うく浴びせられそうになったが、あれでも結構威力が高かった記憶がある。

…それに、レッドエンジェルだと「赤き天使」になるのではないだろうか。
何故「悪魔」なのだろう。

そんな思考を巡らせている内にラファは再び話し続けた。


「彼の中の悪魔……『レッドエンジェル』は特に激しい怒りを覚えた時や闘争心が芽生えた際に一時的且つ本能的に目覚めると言われています。まさかあの噂が本当だったとは…当時は私も驚きました」

「それでは……ラファさんもあの隊長を一度見てしまっているのですね!?その時は何かされませんでしたか!!?」

「いいえ、私は何も…。 先に目撃したのは城に仕えていた一人の樹族、続いてヨーイフにガヴィリとミカ、そして『あの子』…… 今は亡き『戦場の死神』、そして私です」

「………はぁ」



以降、彼女から紡がれる事実にハーニは驚愕の色を隠せなかった。
それでも黙って耳を傾けた。


生まれつきラオンの心臓には「赤き悪魔」が宿っていて、それは俗に言う「イル」の一種と判断されていた事。
彼が見習い天使になる前、ある事件を機に故郷の村でそれが発覚し、住民から一斉に「出て行け」と罵声を浴びせられながら殴る、蹴るの暴行を受け、迫害された事。
それから数日後、一人の上級天使と出会い、ここ「天使の城」に行き着いた事。

彼女はそれをラオン自身から聞いていたと言う。


「その後は何事も無く彼は日々の任務をこなして行き、あの優秀な実績と爽やかな雰囲気によって上官からも同期からも部下からも好かれ、慕われるようになりました。そんな彼は天魔大戦初期にも第一線で活躍し、更に多くの実績を残し――ご存知の通り今では『黄金四天使』の一人にも数えられる存在となっています。しかし、いつか極東地区で彼が私の部隊に配属された時……」



それは魔界の中で数少ない天使軍についた、森の国サクルファスの護衛を行った日の夜であった。

第一目撃者は城に仕えている一人の樹族だという。
「まがまがしい程の殺気を放ちながら残党兵を倒している」との報告であり、それを真っ先に聞いて駆け付けて行ったのはミカ。
それに次いでガヴィリ、「戦場の死神」、ヨーイフ、そして自分も駆けて行く。
報告をくれた樹族はあの後酷く怯え、暫く腰を抜かして動けない様子であった。


その場所には皆、ラオンに「絶対に来るな」と言われていたがそんな事に気を取られている余裕は無かった。
差し替え自分はあの時から察していた。
「赤き悪魔」の気が発動する事を。
実際に目の当たりにはしていなかったがあの樹族の様子から――



それから数十分後、ようやく自分達はラオンの居る場所に到着した。

…当時は驚愕の色を隠せなかった。
ガヴィリやミカ、「戦場の死神」等、同期の面々やヨーイフも例外ではない。
自分達の存在に気がついたラオンは、何かを不気味に呟いたと思えば「戦場の死神」に幾度となく殴りかかっていた。
「来るなと言っただろう」「何で来た」と連呼しながら。
その後ろでミカが彼等に向かって叫び、「戦場の死神」がラオンから彼女を庇う様にしていた。


そんな彼に、自分はただ何も出来ずに立ち尽くすしか無かった。
止めようとしたものの、ヨーイフやガヴィリに制止された。

やがて、「戦場の死神」が理由を説明する。
ある樹族からラオンの事を聞いて心配になったと。
…暴走を止めなければならないと思った事。


一通り聞くとラオンは様子が一転して慟哭し、彼の鳩尾に渾身の力で棒を直撃させた……筈だった。



攻撃を受けたのは「戦場の死神」ではなく――咄嗟に彼の前に出た、ミカであった。
それからミカは必死に、涙ながらにラオンを説得していた。
「これ以上自分を追い込まないで」と。
ガヴィリも自分の傍らで泣きじゃくっていた。



やがてラオンは自身の左手首に棒を叩きつける。そこからは大量の血が滝の如く流れ出ていた。

…そして、互いに意識が朦朧として来た頃、彼は哀しみを含んだ笑みを浮かべて「ありがとう」「ごめん」と紡いだ直後に意識を手放した。
「戦場の死神」とミカも続いてその場に倒れ込んだ。


ヨーイフの連絡によって既に城にいた樹族が数名程駆け付けていた。同時に三人共城内医務室に運ばれて行ったのはそれからの事だった。


到着後は他の樹族と共に自分自身が率先して彼ら、彼女に懸命に施術を施した――




「…そんな事があったなんて……」


全てを聞いた後、思わずハーニの口から漏れた感嘆。
ラファの目は哀しみを含んでいた。

「はい。 そして先程、また彼自身から当時と同様に部下に手を上げてしまったと聞き、半信半疑でした。特に今のラオンは自分よりも部下を優先する方であり、貴女方の世代は当時――大戦中のラオンの姿を知りません。しかし昨夜、実際に貴女方は医務室に運ばれていた。予感はしていましたがまさか的中するなんて……」

「ラファさん…」


ハーニ自身もよく解っていた。
入隊して以降、ずっと閃輝隊で共に過ごしている故に。
ラオンは理由も無しに部下――否、他人を傷物にする者ではない事を。
自分を含む教え子のみならず、ガヴィリやウーリ等の黄金天使の面々と戦闘練習をしている際も必要以上に手を抜いているとも取れる。
今思えばあれは気を遣っていると言うか、傷を作らせる事――言ってしまえば自身に潜んでいる「悪魔」が目覚める事を一番恐れているのだろう。
だから任務の際も敢えて自分は出向かなかったりするのだろう。

そんな考えが頭を過ぎっていた。
昨夜のあの時と同様に。



「…それで、隊長は何処にいるんですか?考え過ぎかも知れませんがこのまま何も話さないでいると免職という形になりかねない気がするんです。それだけは何としても阻止したい」

「…免職だとしたら、自分から申し出て来る可能性が高いと思います。通常、今回の場合は度合いにもよりますが数日から数ヶ月にかけての謹慎処分という形を取りますので」

「――!! お願いします!知っていたらで良いので…っ」

思わず立ち上がって回り込み、ラファの両腕に掴みかかったハーニ。
彼女は根負けしたのか、重い口を開く。



「私とラオンは先程…貴女が目覚めるまでずっと裏庭で一緒でした。私から先に立ちましたが今は居るかどうか……見当もつきません」

「解りました。 ラファさん、色々とありがとうございました」


そう言い残すと軽くお辞儀をし、ハーニは診察室を後にした。
そして、上官の元へと駆け出していく。




***
「……ハーニ!?いつから居た?」


「ちょうど、隊長とミカさんがそこで話してた所からです」

「聞いて…いたんですね」

「はい。 隊長…すみませんが貴方の過去と『レッドエンジェル』の事、聞かせて貰いました」

「えっ――」


束の間の沈黙が辺りを支配する。



「ミカさん。少し…二人で話がしたいので一旦外して頂けますか?」

「…解りました。当事者である貴女が話した方が良いと思いますので。それでは、私はここで失礼します」

「それと……出来れば今回は隊長の処分――いえ、昨夜私達の間で起こった事は無しにして下さい」

「……… 考えておきます」


そう言い残すと、ミカは足早に裏庭を後にした。

ハーニが振り向くと、ラオンは申し訳なさそうに俯いていた。
昨日の今日で何を話せば良いか解らないと言わんばかりに。
彼女の顔をまともに見られない。
目も合わせられない。


そんな心境のラオンを余所に、ハーニは再び彼を呼んだ。



「隊長」


「……… 何だい?」

「…私、先程医務室に居た時ラファさんに隊長の事、色々聞いたんです。その………夕べ、隊長の様子が気になったから」

「………」


ここで言葉に詰まる。
彼自身の傷は、自分が思う以上に深いものなのだろう。
元はと言えば、ラオンの忠告を破った自分が引き起こした事だから。



「…ところでハーニ。君にとって今の俺は化物かな」

「えっ――何でそんな」

「気を遣わなくて良いよ。これまであの俺をみた人は、殆ど皆怖がって大抵近寄らなくなったりよそよそしくなったりするんだ。 …最も、ラファさんにヨーイフさん、それにあいつやガヴィリやミカを除くとね」

「そんな……」


「ほら、ラファさんからは大戦中の俺がした事も聞いただろ?あの時も皆に『絶対来るな』と言って一人で残党兵を倒して……あの後、第一発見者だった樹族の方には非難されちゃったんだ。故郷で村を追い出されたのもそういう事」

「でも……ラファさんにミカさん達は普通にしているでしょう?それに、ラファさんには自分が城に来る前の事、話してたんでしょう?」

「まあね。俺が戦闘であまりにも本気を出し切らないからその事で問い詰められちゃってね。結局根負けして自分から話したよ」

「そう…でしたか」


ここで一端話は途切れ、再び沈黙に支配される。
この時のラオンは、先程までミカに見せていた笑みと同様、寂しげな表情であった。



(きっと隊長は……いつも私達の前ではあんな爽やかに笑ってるけど裏で色々寂しい想いをしてるんだろうな)

ハーニの中でふとそんな考えが頭を過ぎり、切なくなってしまった。
そんな心境だった。


少し間を置いた後、ラオンはまた重い口を開く。


「昨夜の君の問い掛け、正にその通りなんだ。ミカにもさっき話したけど、他の人に――特に可愛い後輩達にあんな所はとても見せられないよ。だから小隊を立ち上げて以降ずっと放任主義でやって来た。……けど、現に昨夜、ハーニに見られてあんなに乱暴しちゃったし、今まで部下任せにしていたツケが回って来たって所かな。でも、君が来た時点で俺も『悪魔』の気を沈めなきゃならなかったのに、それをしなかった。結果、君を酷く恐がらせて深い傷を負わせた。それから、俺が天使を辞めるって言ったのは君のせいじゃないから。安心して」

「――っ」


まさか彼にここまで言わせてしまうとは。

彼女は自身の軽はずみな行動に心底後悔した。

始めから自分が彼の忠告を守っていれば。
好奇心に任せて動かなければ。


そうすれば、自分もあのような恐怖を味わわずに済んだ。
…そして何より彼は今頃天使――閃輝隊の隊長を辞任する等と考えずに済んだ。
普段通りの笑顔で隊員を明るく迎え、送り出している筈。


そんな心境が頭を駆け巡り、昨夜、ラオンに追い回された途中で転倒した後と放任の理由を問い掛けた時と同様、次々へと涙が零れ落ちた。



「……何で………」

「……え?」


「何で、私ごときにちょっと手出した位でそこまで思い詰めるの……!!? 化物とか…そんな事一言も言ってないし、これっぽっちも思ってない………!!」

「ハーニ……っ」

思わず口をついて出た問い掛け。
ラオンは驚愕の眼差しを向け、駆け寄る。
だが、触れる事は一切しなかった。

(違う。私が本当に言いたいのはこんな事じゃない。もっと他に言葉がある……)


今も尚、押さえ切れない涙を拭い切れないままハーニは顔を上げ、意を決したように言い放つ。


「貴方の中に何があろうと私にとって隊長は隊長です。化物なんかじゃない。昨夜の件は恐かったしびっくりしたけどあれはただ私が隊長の言い付けを破ってわざわざ任務が終わって遅い時間に頂上に行ったからあんな風になった訳で、お互い様ですよ。自業自得。そんな事で隊長に天使を辞められたら私こそ閃輝隊を辞めて別の小隊に移ります。…だって、隊長が居なくなったら閃輝隊は成り立たなくなるじゃありませんか。 ラオン隊長が居てこそ『閃輝隊』なんですから」

「……………」


それは全て、本心から出た言葉である。

自分のリーダー初任務であるカシール村の一件以来、ラオン率いる閃輝隊に所属している事を誇りに思えた。
あれから度々任務で指揮を任される様になり、その都度自分からの意見も出せるようになった。

音楽の趣味が同じだという事もあり、気兼ねなく語れるのもラオン。

…それに、常に部下の成長を第一に考え、自分の戦闘練習にもよく付き合ってくれている。
そんな彼が、化物の筈が無い。


少し間を置いた後、こう続けた。
それは――彼女が一番伝えたかった事。



「そんなに『赤き悪魔』の姿を見られたくないならいつも通り、放任主義でも良い。私達に無駄に手を貸さなくても良い。『辞める』とか軽々しく言わないで――いや、辞めないで。 隊長のお陰で今の私があるんです。どうか、私の前から居なくならないで下さい」



長い沈黙が辺りを支配する。


全てを言い終えたハーニの瞳は、いつになく真剣な眼差しでラオンを見据えていた。



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