WEAKEND
- 創作コンテスト2011 -

※流血、グロテスク、暴力表現及び過去捏造が大いに含まれます。
※「ラオンさんは間違っても部下に手出しはしない」とお考えの方は特にご注意下さい。



「ひっ…」


間近で見る、上官の冷酷無慈悲な笑み。
やがてラオンは彼女の腕を更に強く掴む。
骨が軋む音がして今にも折れそうである。


「痛っ……」

「言ったでしょ。あそこは絶対来ちゃ駄目だって。なのに何で来るかなぁ」

「………っ」


言葉が出て来ない。
本当の事を言ったらどうなるか解らない。
何とかして最もらしい言い訳を考えようとしたが、思いつかない。

(こんなの…隊長じゃない)

今の彼女にはそんな心境しか無かった。



「…貴方、誰ですか?」


思わず口をついて出た問い掛け。
ラオンはそれに更に口角を上げ、冷たく言い放つ。

「『誰』? 面白い事を聞くね。君の上官のラオンじゃないか」

「違――」

「ラオンじゃなかったら誰だって言うんだい?」

「…………」


言い終わると、彼はハーニの右腕から乱暴に手を離す。
彼女の右手首には赤い跡がくっきり付いていた。



違う。
目の前にいるのは自分の知るあの上官じゃない。
きっと、彼の中にある何か別のモノが紛れこんでいる。

今はそう考える他は無かった。



長い沈黙が辺りを支配する。





「!!」

瞬時、ハーニはバランスを崩し、壁に激突してその場に倒れ込んだ。
一瞬何が起こったのか解らなかったが、ラオンに突き飛ばされた事をすぐに理解した。
それもまた束の間。



「ボルカニックハンド!」


「あぐっ!!」


鳩尾に衝撃が走る。
今度は電拳を見舞いされたらしい。

「げほっ、げほっ……」

思わず床に倒れ込み、咳込んでしまった。

(ああ、私はこのまま殺されるのかな…。そうじゃなかったら……)


そんな心境が頭を駆け巡りながらも、向き直ってラオンの顔をちらりと見る。

彼はしゃがみ込み、ハーニと目線を合わせるように覗き込んでいた。
そして問う。


「それより、俺の質問に答えて欲しいんだけど。 何でわざわざ忠告を無視してあんな所に来たの?しかもこんな時間に」

「あ……あ………ぐっ」

「ねぇ。答えてよ」


左肩を強く掴まれる。
親指が喉元のすぐ隣に食い込んで、痛い。
こうなってしまった以上、もう言い逃れは出来ない。



こんな状況なのに、ふと、ハーニの脳裏には初めて自分がリーダーを務め、突如現れたドラゴン退治をした後のラッズィとの会話が浮かんだ。




―私達が三人でようやく倒せたドラゴンを一人で二匹も倒すなんて。『天才』って呼ばれてる意味が解りました

―若い頃から前線で戦ってたせいか、そう言われるけどね。『天才』って言うなら君の所のラオン隊長だよ

―隊長、ですか? 確かに頼りにはしてますけど…



―あの人は中々自分の底っていうのを見せないから




(…もしかすると、あの時ラッズィさんが言ってたのはこの事だったのかな)
そんな考えが頭をよぎっていた。

思えば自分はラオンが任務で共に動いている所や、大先輩との戦闘練習で本気を出して戦っている所を見た事がない。
以前、ジンやウーリと戦闘練習をしている所を垣間見たが相手が本気でやれと言った時は「俺はいつだって本気だ」等とはぐらかす。

放任主義で任務の時も大事でなければ自分は出向かない事も多く、いつも部下に任せっきり。
あの任務で成長するまではどこか抜けていて頼りない上官だとばかり思っていた。
今回も一緒に来なかった所から、いないとばかり思っていた。
だから忠告を無視してあちらに行ってしまった。

…もし、彼の「本気」が今のような状態だと言うのなら――きっと、自分達にそんな姿を見られたくなくてわざと軽く振る舞って、放任していたのだろう。



考えれば考える程、人知れず涙が浮かんで来る。
それは恐怖から来るものか憐れみから来るものか。
それとも――もっと別の所から来るものか。
彼女自身もよく解らない。


「黙ってちゃ何も解んないよ。それともそうしてやり過ごすつもりなのかい?」

「っ!!」


やがて、右肩まで強く掴まれる。
もはや身動きが取れない状態になっていた。



それでも意を決したように、ハーニは重い口を開く。



「……から」

「ん?」


「隊長が…あそこに来てるなんて思ってなかったから……どうしても気になって、隊長が知ったらどんな反応するかって…軽い気持ちだった……こんなになるなんて………思ってなかった」

「………」


ラオンは依然と表情を変えず無言でこちらを見据えたまま。
心なしかそれは先程までとはまた違い、寂しさを含んでいるように見えた。



「隊長」

(どうか教えて下さい)


声がかすれてはいても、はっきりと呼んだ。



「何?」


「隊長が…これまで任務にあまり参加していないのも……私のリーダー初任務の時も放任したのも………本気を出し切らないのも……

それに、今朝私に『あそこに行くな』って言ったのも、全部…………」

「…………えっ」





「自分のそんな姿を、私達に見られたくないから?」


「――!」


先程―否、これまでの疑問を全てハーニはぶつけ、直後、その場で意識を手放した。

その頬は、涙で濡れていた。


気がつくとラオンも正気を取り戻していて、改めて床に倒れたまま動かないハーニをじっと見つめる。
その後、自分のした事に後悔の念が押し寄せた。
そして呟く。



「…俺はまた、何やってんだ……。これじゃ、あの時と同…じ――」


そう言って、彼もまるでハーニを覆うかのように意識を手放した。



二人の天使がたまたま路地裏を通った通行人によって発見され、城に連絡が行き届いて医務室に運ばれて行ったのは、それから小一時間後の事であった。




「………ん」

目を開けると、視界には白い天井がぼんやり映る。
辺りを見回すと、そこは見慣れた空間――城の医務室だった。


「あ、そっか…私、夜中に森に戻って一回あの頂上に―― っ!」

瞬時、ズキンと頭に痛みが走る。
思い出すのはラオンのあの張り付けたように冷酷な笑み。

それでも何とかして立ち上がろうとした。




「やっと気がつきましたね」

「――!」


そこには側近天使の一人であり医療科筆頭のラファが立っていた。


「ラファ…さん」

「ラオンから話は大体聞いています。 …大変だったでしょう。自身の上官のあんな場面に居合わせてしまって」

「………」


あんな場面、とは夜中に見てしまったあの光景とその後の暴行の事だろう。
しかしあれは今思えば自業自得。
忠告を破ってまであの場所に行ってしまったのだから。

…だが、あの殺気立てた姿の彼が気になって仕方が無かった。
一体何から、何処から出て来ているものか。

そんな心境が頭を駆け巡っていた。


やがて意を決したように、ハーニは問う。



「隊長はどこにいるんですか!?」


「……… 今は会わない方が賢明だと思いますよ」

「教えて下さい!!私……隊長にどうしても聞きたい事があって。さっき私達が向かう時は一緒に来なかったのに…いえ、普段も中々同行しませんが……… 夜になって森の頂上であんな風に……………
あんな隊長は初めて見ました。あれが一体何なのか、一度確かめたいんです」

「………」

長い沈黙が辺りを支配する。




「…では、今から話す事は決して誰にも――特に同じ閃輝隊の皆さんには口外してはいけません。それを約束出来るなら、私の知る限りの事は話しましょう。約束出来ますか?」



「……… はい。昨夜のようには絶対にしません」


「それならよろしい。それでは奥の診察室に移動しましょう」

「…えっ、何でそんな所――」

「後から人が入って来て聞かれたら大変でしょう?あちらの部屋は防音効果が備わっているので聞かれる心配もありません」

「…はい。解りました(一度も入った事無いから知らなかった…)」

そしてハーニはラファの後につき、診察室へと足を運んでいった。





―天使の城・裏庭―




ここに来て、ラオンは一人、頭を抱えうなだれていた。


昨夜、路地裏で見た部下の――あの自分の姿を見た後のハーニの怯えた顔や泣き顔が目に、頭に焼き付いて離れない。

確かに彼女は自分の忠告を破ってわざわざ遅い時間に「来るな」と言った、自分の居る場所に来てしまったかも知れない。

ただそれだけの事。
何故あの時、「赤き悪魔」の気は沈まなかったのだろう。
沈むどころか、勢いは増すばかりで。


予想外だったからだろうか。
彼女が―否、誰もわざわざ夜中に森の頂上に上がる等と思わなかったから。
それとも忠告を破られた怒りからだろうか。


そんな心境が頭を駆け巡っていた。



(…どっちにしろ、ハーニはもう俺の事を『隊長』としては見られないだろうな。『化け物』『怪物』にしか見えないだろう。それに仮にも一小隊の隊長が部下に手を上げただなんてただで済む話じゃないだろう。
俺にはもう隊長…いや、天使でいる資格は無い。だったら――)


「ラオン。こんな所にいたのね」

「!」


突如頭上から声がして、ラオンは思わず顔を上げる。
そこには束になった資料を抱えた側近天使筆頭――ミカが立っていた。

「……ミカ」

「ラファさんから聞いたわ。まさか普段から放任してる貴方があんな風になるなんて……」

「…はは。それで俺は今から免職になるんだろ?当然だよな。あれ位で部下に暴力行為を働いただなんて言語道断――」

「まだ何も言ってないじゃない。 でも、あの娘……ハーニさんだったかしら。わざわざ貴方の忠告を破って任務の後でしかも夜中に頂上に行ったなんて言うんだもの。良い度胸してるわね。普通その時間だったら皆、宿にいるもの――」

「ハーニは悪くない。確かにあれはびっくりしたけど……何がともあれ、俺は一人の部下に手を出して恐怖を植え付けたんだ!こんな事が一隊長として…いや、天使として許される訳無いよな!?それに仮に何もしてなくてもあんな姿見られたら誰だって恐がって近寄らなくな……っ」

「………ラオン」


ここで話は途切れた。
彼は涙目になるのを隠そうとして俯く。
ミカは何も言えずにいた。

長い沈黙が辺りを支配する。


瞬時、ラオンの中で最後に聞いた問い掛けがふと思い浮かぶ。


―隊長がいつも放任主義なのは……本気を出し切らないのは……… 私達に自分のそんな所を見られたくないから?



涙ながらに問われた、自分の核心部分。

だが、もうどうでもいい。
きっと、自分のした暴行の件も天使の間では――少なくとも閃輝隊には広まっているだろう。
「化け物」である事も。
否、そうでなくても――



やがて意を決したように、ラオンは口を開く。




「決めた。ミカ、俺は今から天使を辞めて昔みたいに誰にも迷惑をかけない様に一人で生きて行くよ」


「――え!?」



その唐突な言葉に、ミカは驚愕の色を隠せなかった。
彼は寂しげな笑顔をしている。


「ちょっと待ってよ。普通はそんな事で免職にはならないし、度合いによるけど大体は早くて数日、遅くても一〜二ヶ月の謹慎処分よ?どうしてそんな大袈裟な話に持って行くの!?」

「仕方ないんだ。お前も知ってるだろ?俺の中には悪魔が宿っている。それで昔は村の皆から迫害されて来た。今回もそう。俺があんなだって可愛い後輩達が知ったら皆、恐がるだろ?だからそうならない内に、また同じ事が起きない内に俺は身を引くよ――」





「隊長。それ、本気で言ってるんですか?」

「「―――!!」」



その聞き慣れた声に二人は半ば驚愕の眼差しを向け、主の方を向いた。



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