「えっと、君がラッズィくんかな。」
「あっ、はい。」
俺の前にいるのは、深緑の髪と瞳を持つ少年。
「えっと、その……、あなたは……。」
そうだった、俺はこの子のことを彼女から聞いているから知ってるが、彼は俺のこと知らないんだったな。
「ごめん、ごめん、名乗るのが遅れっちゃったね。俺はラオン、よろしく。」
「ラオンさん……、あっ、レイシャ姉ぇの話に出てくるラオンさんっすか?」
って言われても、彼女が彼にどんな話をしてるか俺にはわからないんだけどね。まぁ、彼女の名前が出てきたなら、話は早くていいか。
「そのラオンであってるよ。」
そう答えた今、彼は目を輝かせて俺を見ているような気がする……。彼女はいったい何を話したんだか。
「で、ラッズィくんにひとつ提案があるんだけど……」
提案って言っても、俺が戦う術を教えるだけなんだけどね。
「は、はい!よろしくお願いします!!」
元気よく返事をしてくれると、こっちも気持ちいいな。
「うん、よろしくね。」
こうして、俺は彼の師になった。
〜〜〜〜
「まさか、ラオン君がラズちゃんの師匠になるなんてね〜。」
「はぁ〜、レイシャがラッズィ君に戦闘訓練をつけてくれって、俺に頼んだんじゃないか。」
「あれっ、そうだったっけ。ん、まぁ、どっちでもいいや。頑張るんだぞぉ〜、お師匠様。」
彼女はいつものように笑顔で俺をからかってくるから困ったものだ。でも、そんな日常がいつまでも続けばいいと願っていた……。
龍族にして天使になった彼女、レイシャは上級天使であった。龍族であるという理由だけで、一部の天族から忌み嫌われているが、彼女は常に明るく笑顔をみなに振り撒いてくれる。
彼女は周りになんと思われようとも、いつも笑顔だった。だから俺はそんな彼女に……、そんな彼女の生き方に憧れていた。
「……オン君、ラオン君!!」
「ん!?何!?」
「ん、何!?じゃないよ、ぼーっとしちゃってどうしたのかな〜。…あっ、そうかそうか。」
彼女はニヤリと笑みを浮かべ、うんうんと首を縦に振っている……。こういう時って、たいてい……、てかほとんど俺をからかうようなことを言うんだよな。
「ラオン君もかわいそうに……、えっと、ガヴィリちゃんだっけ、フラれちゃったのか〜。よしよし、お姉ちゃんがなぐさめてあげよう。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ガヴィリは友達ってだけでそんな風に思ったことなんてないから!!」
「ふ〜ん、そうなんだ〜。でも、すっごい動揺してるね。本当かな〜?」
「いいかげんにしないと、俺も怒るからな!!」
「ラオン君も怒る時があるんだぁ。ちょっと、見てみたいかも。…さぁて、ガヴィリちゃんに気持ちのほどを聞きに行ってみるかな。」
「レイシャ、覚悟はいいね。」
俺は満面の笑みを浮かべ、彼女に問いかけた。手には魔力を集中させ、あとは容易に予想できる彼女の答えを待つだけ……。
「うん!」
サンダーボルト!!!
一筋の稲妻が彼女に向かって放たれた……。だが、彼女はヒョイっと俺の攻撃をかわし、そのまま走り去っていく。
まぁ、俺の攻撃が彼女にそう簡単に当たるわけないか……。
「まったね!」
そんなことを思っていると、遠くで彼女が手を振っていた。
〜〜〜〜
――時が経ち、天魔の戦いが始まった
――戦いは長きに渡り、多くの仲間たちが命を落としていった
――そんな戦いの中、種族による差別は一段と強くなっていく……
「ねぇ、ラオン君……、どうして『天』と『魔』の戦いなのに同じ天人どうしで対立しなくちゃならないのかな……。」
龍族天使である彼女は二つの種族に板挟みされた状態であった。そのため、上級天使であるにも関わらず、戦場で指揮を任せてもらえず、また日が経つにつれ戦場へ出る機会も少なくなっていた。
「シェナやラズちゃんは最前線でいつも死と隣合わせだってのに……」
いつも笑顔であった彼女。だけど俺の前にいるのは、不安、心配、怖れ、戸惑い、悲愴……、それら全てを内包し、涙する彼女の姿……。
「種族間のしがらみがなくなって、種族関係なくみんなで笑って暮らせるような日常って無理なのかな。やっぱり私なんかじゃ……。」
彼女は顔を膝と膝の間に埋め、何もしゃべらなくなってしまった。冷たい風が吹き付けてくる……。
もう耐えられない、俺が見ていたいのはいつも笑顔で明るい彼女の姿であって、こんなにも弱気な彼女ではない……。
俺は彼女の隣に腰を下ろし、一人勝手にしゃべりだした。
====
昔、とある村に悪魔の子と呼ばれる一人の子供がいました。この子は大きすぎる力を持つがために村の者たち全員から忌み嫌われ、いつも一人でした。だからこの子は人の温かみを知らず、笑ったことなど一度もなかったといいます。だってこの子はいつも泣いていたのだから……。涙はすでに枯れていたが、たしかに泣いていました……。
どんなに嫌われようとこの時はまだ良かった。少なくともこの子の近くには人が暮らしていました。けど体が成長するにつれ、この子の背には4枚の羽が見えるようになってきました。そうするうちに村人のこの子に対する態度は悪化していき、遂に……
「悪魔の力だ!悪魔の子だ!」
「あいつに近づいたら駄目だ!」
「出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出て行け出」
「あいつを殺せ!殺せ!皆の力で悪魔を倒すんだ!」
この子は住む場所も帰る場所も失いました。
それから時間が流れ、この子は天使になったらしいです。内に眠るこの力をここでなら、利用できるとこの子は思ったのだといいます。だけど、この子の心は大きな傷を負っていたままでした。
けどそんなある日、一人の女の子がこの子に話しかけてきました……。
「ねぇ君、どうしてそんな顔してるのかな〜」
この子はいきなり話しかけてきた女の子を無視しました。
「お〜い、聞こえてるか〜」
女の子は何度も何度も話しかけてきました。先に根負けしたのはこの子の方でした。
「僕に関わらないで。」
「おっ、しっかり答えられるじゃん!よしよし。」
女の子は馴れ馴れしくこの子の頭を撫でました。
その後も日ごとに女の子はこの子に会って他愛ない話をしたとか。始めは会話というものではなかったが徐々にこの子は心に巻かれた包帯をほどき、打ち解けていきました。女の子はいつも笑顔で明るく、大きな大きな望みを持って頑張っていたのです。
そして、そんな女の子の前であったからこそ、この子は初めて笑えました。大きな傷を負ったこの子は、この女の子との出会いによって救われたのです。
====
一通り話し終えると彼女は顔をゆっくりとあげた。
「きっとその女の子も救われたと思うよ。だってその時、女の子も一人で苦しんでいたんだから……。」
彼女は俺に聞こえるかどうかの声でボソッとそう言い、そして元気よく立ち上がり俺の方を見た。
「ありがとうね、ラオン君。私もその女の子のように頑張ってみるよ。」
彼女はもう涙してない。今ここにあるのは俺の好きなあの笑顔……。
よかった
〜〜〜〜
――翌日、俺は小隊を率いて任務に出た
――任務は数日かかったが無事に終わり、帰還している途中である
「ラオン隊長!!あそこを見てください!!」
小隊の一人の指さした先には負傷した天使たちが十数人ほどいた。青襟と緑襟がそのほとんどをしめており、黄襟を羽織った者はたったの二人だけ。そのうちの一人は俺のよく知る髪の色である……。
「これより、手負いの者たちに手を貸しながら帰還する。」
体はすでに彼女のいる方へと向かっていた。
「レイしゃ……。」
だけど、そこにいた彼女はまだ幼く、体を小刻みに震わせている。そういえば、彼女には妹がいたんだったな。たしか名前は……、
「えっと、君はシェナちゃんかな!?」
コクッ
小さく頷いてくれた。でも、シェナちゃんはまだ下級天使であったはずであるがどうして黄襟を羽織っているのだろう。
何か、何か言いようのない不安を感じる。こ、心が落ち着かない……。上 下 左 右 前 後、今自分がどこを向きどこにいるかわからない。まるで、知らない空間の中を一人浮遊しているかのようだ……。
そして、俺は恐る恐る声を出した。
「えっと、お姉ちゃんはどうしたのかな。」
……応えを聞いてはダメだ、俺が俺でなくなってしまう。
「ぐすっ……、皆のために一人残って……。」
浮遊していた俺はまっすぐ落下した。実際は上昇してるのかもしれない、または横に移動してるだけかもしれない。だけど、俺はそれを落下と思った。落下とともにどんどん辺りが暗くなっていく。これはきっと、俺の絶望・恐怖・苦悶…etc.
気がついた時にはこの集団がやってきた方角へと駆け出していた……
〜〜〜〜
木々の生い茂る森の中
本当に偶然である。思うがままに駆けていたら、無数の傷を負い樹の幹によりかかった彼女を見つけた……。
「レイシャ!!!」
「ラ…、ラオ…ンくん…。きて…くれたん…だ。」
俺の方にゆっくり顔を向けた……。痛みで苦しいはずなのに、苦痛で顔をしかめてもおかしくないはずなのに、彼女は……、レイシャは……、いつものように笑顔であった。
「あぁ、来たよ。だから……、だから一緒に帰ろう。」
「ううん、もういいの……。さいごに…ラオンくんが…、きてくれたん…だから……。」
「そんなこと言うな!!最後なんて……。」
自分の頬に水が伝わっていくのを感じた。あの時以来、枯れてしまっていた涙が溢れ出てきた。
「そんなかお…しちゃって…。そんなだと…、またむかしみたいに…なっちゃうぞ。いまはなかまが…、いっぱい…いるんだから……。いつもの…、わたしのすきな……、えがおのすてきな…ラオンくんでいて……。」
でも、彼女は一人しかいない……。生涯でただ一度、心より惹かれたのは……
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「おっ、しっかり答えられるじゃん!よしよし。」
「ねぇねぇ、そんなにふさぎ込んじゃってる君は、音楽を聴くべきだと思うぞ〜。」
「まさか、ラオン君がラズちゃんの師匠になるなんてね〜。」
「おっ、ラオン君!!ほら、あそこあそこ、ぺんぺん頭だよ!!」
「きっとその女の子も救われたと思うよ。だってその時、女の子も一人で苦しんでいたんだから……。」
「ありがとうね、ラオン君。私もその女の子のように頑張ってみるよ。」
====
……、彼女だけ
だからこそ、俺は最後まで彼女の望み続ける俺でいないとな……。俺は必死で笑顔を作った、彼女が教えてくれた笑顔を……。
「レイシャ…、俺を救ってくれてありがとう。」
「わたしの…ほうも…ありがとうね……。ばいばい…、らお…んく……。」
彼女の瞳から光が消えた。
「 」
声にならない叫びが衝撃となり辺りに広がった。辺りの空気が震撼し、木々がざわめいている。
時が流れる。
虚ろな瞳は目の前の動かなくなってしまった彼女を捉えていた。そんな時、葉が擦れる音が聞こえてきた……。
「ちっ、まだ仲間がいたか!!」
あぁ、こいつが……。こんなにも疼くのはいつ以来だったろうか……。あぁ、もうどうでもいいや……。
いつのまにか、俺の周りには無数の人がいた。俺は立ち上がり、顔をあげた……。
「お前、何が可笑しい!?この状況で何故笑ってられる!!」
あぁ、俺一人相手にそんなに焦って……、こいつらは俺を恐れてるのか。
笑ってる!?いや、俺は笑ってはいない。ただ、笑顔という名の仮面を被ったにすぎない。仮面の下の心は疼いて、うずいて仕方ないよ。
最初に誰かが動き出し、それとともに戦いが始まった。
魔力を雷に変換し体に纏わせ、体内に流れる電気信号を強制的に活発化させることで、一瞬の動きを雷のそれと同じ速さまで持っていく。長時間は続かないが、コンマ何秒かの間だけは音をも超えることが出来る。
それと同時に拳には圧縮した雷を纏わせる。迫りくる敵にその拳を振るう度に、圧縮された雷は放出され小さな爆発が起こる……。
そうするうちに、俺は返り血を浴び赤く染まっていった。その血は俺の目にも入り込み、俺の見る景色を赤く模様づける。
赤イ 赤イ 赤イ
空モ樹モ、草モ花モ、ソシテ……、俺自身モ……。
敵があとどのくらいいるのかわからない。けどそんな時、ちらっと視界の隅に彼女の姿が映った。不思議なことに戦いの余波に巻き込まれていなく、彼女はさきほどから何一つ変わっていない……。
龍族であったけど、最後まで彼女は天使だった……。仲間を守り、一人で死ねまで戦い続けた彼女……。
赤いフィルター越しに天使であり続けた彼女の笑顔が見えた……。
魔力を一点に凝縮させ、そして……、
「レッドエンジェル!!」
〜〜〜〜
この一件以来、俺は閃光のラオンと呼ばれるようになった。また、一部の者には赤き悪魔とも……。
「ラオンさん、俺、跳疾風隊の副隊長にどうかって誘われたんっすけど……、どうしたらいいっすかね。」
「俺にどうしたらいいかって言われてもな。自分がやりたいようにすればいいんじゃないかな。」
「……うぃっす。俺、頑張ってみようと思います。」
そう言って、ラッズィはこの場を後にした。
俺の知らないうちに、弟子の背がこんなに大きくなっていたんだな。まぁ、あいつの背はたいして伸びていないんだけどね。
そんなことを思っていると後ろから声をかけられた。
「まさかあんたが、あの子を手放すとはねぇ。」
「いつまでも子供扱いしてたら、伸びるものも伸びなくなっちゃうからね。それに、優等生を優秀にしても面白くないからな。」
「じゃぁ、あたしがあの子を最後まで育てあげてあげるわ。」
「よろしく頼むよ、ガヴィリ。」
俺の周りには新しい日常ができた。多くの仲間たちに囲まれた日常……、それはかけがえのないものである。
「あっ、そうそう、さっき聞いたんだけど、ミカたち結婚するんだって。」
結婚かぁ……。
俺が心から惹かれていた彼女はもういない……。
脳裏に過ぎるはあの日の赤い記憶……、そして一人の天使の姿。
君の笑顔によって、俺の心に負っていた大きな大きな傷は癒されたんだ……。
=Red Angel,Your Smile Healed Anguish.=
R A Y S H A……、
レイシャ……
――fin