WEAKEND
- 創作コンテスト2010 -

※世界崩壊注意
※オリキャラ注意



  きっかけは今考えてもささいなものだったと思う。
  今まで使ってきた大容量のメモリーカードが原因不明の故障に見舞われたからだ。
「ねえ貴一!やっぱり安物の海外製品は駄目だ、私の使っている国内産の奴にしなよ!」
  じゃらじゃらと最新型の薄型携帯電話を皮肉っているのかと思うような量のストラップを揺らして木梨が言ってきた。
  でも俺は懲りずにこうやって前と同じ額の海外製品を買った。木梨の言ってることもわからなくはないけれど、俺のメモリーカードの四倍する値段のメモリーカードが、俺の奴より四番優れているようには到底思えなかったからだ
  しかし、そうは言っても前のメモリーカードのデータが復活するわけではないので、それから俺は奮走しないといけなかった。
  まずは着信音。もっぱら無料の個人製作しているものを愛用していた俺は、特に苦労するわけでもなく過去ログを辿ってダウンロードを繰り返した。
  これが木梨だったら大変だったのだろうなと思う。
  この前見たとき、あいつのフォルダには正規の着うたフルが大量に落とされていたからだ。きっと買い直したらあいつの一ヶ月のバイト代が吹っ飛ぶに違いない。
  何となく感じる優越感にほくそ笑む。
  次に手を付けたのがピクチャ。でもこれはネタ的なものばかりだったので、あまり問題はない。むしろ消えてくれてすっきりしたくらいだ。
  同じ様にムービーも、ネタと、お世話になった使い古された隠しファイルだったので、掃除するいい機会だったように思う。
  だけど一番最後が一番消されて厄介だった。
 −−アプリだ。

 

※※※

 

 いや、アプリのデータ自体の再ダウンロードはたいした労力でもないし、そもそもほとんどのアプリが無料のものだった。
  だからアプリ自体にあまり価値は置いていない。俺が最重要視しているのは俺が打ち立てた記録だ。
  一口に記録と言ってもいろいろある。
  それはプレイ時間だったり、ハイスコアだったり、ベストレコードだったりするわけだけれど、俺の言うところの記録と言うのは、それらすべてを孕んだ俺がプレイしたと言う事実のことだ。
  おおげさかも知れないけれど、俺は俺が生きてきた証が消えるのが嫌いだ。
  理由はない。何かを、誰かを、好きになるのに理由はいらないなんてよく言うけれど、好きになることに理由がいらないのならば、嫌いになることだって理由はいらないはずだ。
  だけど、だからと言って生きる証を残すのが好きってわけではないけれど。

 

※※※

 

 俺の記録が消えたのは手痛いけれどしかたがない。もう一度ダウンロードする気も起きないから、今度は新しいジャンルに挑戦しようと思った。
  今まではワンキーの簡単なアクション系アプリばっかりだったけど、今度は冒険系。つまりRPGに手を出すつもりだった。もちろん無料なのは言うまでもない。
  とりあえず俺もご用達の某有名アプリサイトで検索をかける。
  自然淘汰の法則。
  そんなものとはたぶん関係ないけれど、何かしら良いアプリと言うのは自然と有名になるものだ。
  それはイラストかも知れないし、性能かも知れないし、ストーリかも知れないし、経営せんりかも知れない。
  馬鹿馬鹿しさで一世風靡したアプリと言うのもあるくらいだ。
  だからこそ名声はある程度役には立つ。特にアプリの良し悪しの右も左もわからないような俺には。
  そんなわけで人気なRPGアプリを片っ端からダウンロードしてみた。
  数で言うと10かそこらだ。
  そして俺がそいつと出会ったのもその中から。

 

###

 

 不思議な感覚。
  僕はよくわからない世界にいた。
  ああ、そう。現在形、しかも進行形でもある。
  なんだったのだろうかと今も思う。
  地面が土ではない硬い何かで出来ていて、その硬い何かがどこを見ても使われていた。
  その名前はコンクリートと言うことを僕は知っている。知っているけど何故知っているのかは知らない。
  そんな妙ちくりんなものは知っているわけも、教わったわけでもないのに僕には理解できた。妙ちくりんだと思いながらも、頭の中は不思議と当たり前と言う声が響いた。
  自転車が横を走り抜けて、自動車が前を通り抜けた。
  飛行機が空を飛び交い、電車が陸橋を鳴らしていた。
  なんで僕はこんなことを知っているのだろうか?本当にわからない。
  あれ、と言うかこの身体は僕なのだろうか?
  それすらわからなくなってしまっていた。
  信号機の青い光りがチカチカと僕を急かしている。
  とりあえず、胸に手を当ててみる。
  ……よかった、いつもの腹が立つような真っ平だ。もう少したくましい肉が欲しい。
  ひょろひょろとした手足にも違和感はないし、たぶんこれは僕なのだろう。
  でも、だからと言って不安なことに変わりはない。
  周りをキョロキョロと眺めて見ても手掛かりなんてものはないし、ぽつりぽつりと疎らにいる人々は、みんな同じ様な顔に見えるから声をかけづらかった。
  いや、よく見ると全然違う服装だし、髪の毛の色も長さも違うから、それぞれ何かしらの個性があるのだと思うのだけれど、妙な統一性があって、不思議と同じ顔の様に見える。
  −−日本人
  頭の中で誰かが囁いた気がする。
  僕は「ああ、あれが日本人か」とよくわからないまま納得した。
  でもとりあえず日本人に声をかけるのはやめておこうと思う。
  だいたい日本って何だって話しだ。
  天人でもなく、魔人でもなくて、更には人間でもない、日本人。
  いや、僕は天人と人間は見たことないから、もしかして日本人ってのは、そのどちらかの別の言い方かも知れない。
  何にせよ、僕が魔界の人だとばれたら襲われかねないので、近付くのはやめておこう。
  そうなると僕が出来ることは、あまり多くはない。
  ……どうしよう。困ってしまった。
  このまま僕はどうなってしまうのだろうか?
  不安がぼんやりと僕を包み始めた。
  身体がブルルと身震いする。

 

###

 

 ブルブルと身体が、特に胸が振動するのがわかる。
  激しい。今までこんな振動を感じたことはない。
  まるで何かに振動させられているようだ。
  ああ、僕はこのまま死んでしまうのではないのかとまで思った。
  ゆっくりと目を閉じてその瞬間を待つ。

 −−ブルブル、ブルル

 振動が止まらない。

 一定のリズムで身体が震える。

 −−ブルブル、ブルル

 長い。どうも神様は残酷な様だ。

 −−ブルブル、ブルル

 ……それにしても長すぎやしないか?

 −−ブルブル、ピタリ

 ああ、遂に終わった。これで僕も……。

 −−みゃあ

 …………みゃあ?
  死んだらみゃあと言う歓迎の挨拶をするのかな?
  足元に何かが擦り寄る気配がする。死の番人は意外と小さいらしい。
  僕は心の中でみゃあと挨拶する準備をした。上手く発音出来るかどうかとても不安た。もし上手く発音出来なくて嫌われたりしたらどうしよう?
  死んだ後なのにみんなに嫌われたり、壁を作られたりするのは嫌だと思った。
  下からゴロコロと急かすような声が聞こえる。
  これ以上待たせるのは流石にまずいと思った。恐る恐る目を開けて口を開く。
「みゃあん」
  −−みゃふん
  上手く挨拶出来たかな?
  死出のお出迎えはかわいらしい黒い小動物みたいだった。
  −−みいみい

 

※※※

 

 そのアプリは特に奇をてらった風でもなくかった。
  だけれど好評を博しているらしく、シリーズ物で、そのしっかりとした世界観がストーリの土台をがっしりと形作っていると思った。
  そう、まるでそれは本当にどこかの世界を切り抜いて、そのままアプリにしてしまったようだった。
  少し作者や製作サイドに興味が湧いたけれど、何度かそのアプリの攻略サイトに行くくらいだった。
  一応既出のシリーズは全てプレイした。
  俺個人的には明らかにヒールで噛ませ犬役の二人が主人公に抜擢されていた第三弾がお気に入りだ。
  何度見ても主人公要素のかけらもない。最後には襲っていた村人ではなくて、味方の重役にたたきのめされるのも面白いと思った。これでは本当に噛ませ犬じゃないか。
  よく、そんな二人を主人公にしようと思ったなと、素直に作者をすごいと思った。
  ……まあ、無料版しかやらずに、有料版は木梨に買わせてプレイしたけどさ。
  だけれど、その時俺はただのプレイヤの端くれだった。毎月開かれているネットバトルの大会には参加していない。
  その時までは……

 

※※※

 

 目が覚めると、俺は森の中にいた。
「何故森なのですか?」
  思わず敬語になるくらい突拍子もない事実だった。
  いつもの街とは掛け離れた空間。見た目は緑一色の完全に森。
「何故森なのでしょうか?」
  俺は一体誰に聞いているのだろうか?森の妖精さんか?
  いまいち現状が把握出来ていない。一体何が起きているのだろう。
  確か俺は信号待ちをしていたはずだ。それが何故こんな森にいるのだろう。俺はそんなこと思っていた。
  とりあえず、がさごそと身の回りを確かめてみた。
  服はそのままだった。身体の具合もそのままだった。いっそ女の子に性転換してるくらいの方が楽しかったかも知れない。
  そんな馬鹿なことを考えながらポケットを探っているとあることに気がついた。
「あれ?携帯が−−」

 −−ない

 どこかに落としたのだろうか?
  そしてまたあることにも気がついた。
  いや、気がついたと言うよりは理解していたと言った方が正しい。
  「ああ、そうか。ここは−−」

 −−サクルファスでも
  −−バルトセルバでもない

 −−ただの森の国

 

###

 

 ゴロコロと喉を鳴らす小さいこの方を、僕はひそかに死神様と呼ぶことにした。
  だって僕に名前を明かしてくれないのだからしかたがない。
  何故か頭のそこでは、この方は死神様ではなくてただの黒猫と言う声が響いている気がするけど、そんなことを信じて死神に無礼なことをしたら今後が大変そうだから、そんな声は無視した。
  死神様は僕の足の間をまるで身体をこすりつけるように歩くと、満足したかの様にどこかに歩いて行く。付いてこいと言うことをなのかも知れない。
  僕は黙って歩く。死神様も黙って歩く。
  ひょこひょこと動く死神様の尻尾を見ていると、あれを掴みたいと言う強い衝動に駆られるけど、やっぱり失礼だと思うので我慢する。
  日本人なんかを意に介さず悠々と歩く死神様は凜としていて、格好よかった。
  僕も負けじと背筋を伸ばして歩く。
  日本人の女の子がぎょっとした顔で僕を見た後に、クスクスと笑っていた。
  ……あれ、なんで日本人がまだいるのだろう?
  彼女も死んでしまったのだろうか?
  あらためてよく周りを見渡してみると死ぬ前と死んだ後の風景があまり変わっていない。
  死神様は何も言わないし、少し不安になって来た。
  そんなことを考えている間に、死神様と大きな広場に着いた。
  どうやら潮凪公園と言うらしい。僕はいつの間にか日本人の文字が読めていた。もはや不思議と言う感覚がなくなってしまった。当然と言う感覚の方が今や強い。
  でも公園ってどういう意味だろう?
  死神様ずんずんと公園の奥の方へと進んで行く。
  さっきまでのコンクリートだらけの街とは違い、緑が生い茂っていた。
  少し故郷と同じ匂いを感じて心地いい。
  ゆっくりと息を吸い込んで死神様と歩くことを楽しんだ。
  でも唐突に目的地に着いたことがわかった。死神様が足を止めたからだ。
  死神様は公園の1番奥、日当たりの1番良いベンチに座った。
  ベンチは僕ももともと知っている知識だったから安心出来る。死神様の隣に座らせてもらうことにした。
  温かい。
  死神様は目を閉じて丸くなっていた。
  そうだ、僕も少しだけ目を閉じてみよう。
  目を閉じるだけ目を閉じるだけだ。けして寝るつもりなんかはない。

 −−閉じるだけ、閉じるだけ

 

※※※

 

 なんで俺が森の国なんかにいるのだろうか?現代人としてはあまりに非化学的な現象に戸惑いを隠せなかった。
  いや、ここはただの森なのかも知れない。別にしっかりと調べたわけではないから、それも十分ありえると思う。

 −−でも違う

 でも違うのだ。
  俺の中の何かがここは森の国だと叫んでいた。
  それは揺るがない、確信に近いものだった。
  しかしそれが揺るがないからどうしたと言うのだ。
  俺の頭がおかしくなったと言うことの証明くらいにしか役には立たない。
  状況が変わるわけではない。
  頼みの綱の携帯電話はどこを探してもなかった。広い森の中で俺は絶望的だった。
  だけれど俺は、代わりにあるものを手に入れていた。

 −−木の棒

 一応人の手が加えられているような木の棒。見方によったら木刀にも見えなくはないけれど、俺の身長の3分の2くらいの長さはあるので、やはり剣と言うよりは棒と思う。
  少なくとも先端は尖っていないので槍ではなさそうだ。
  まったく携帯電話の代わりにはならないが、握っていると木の温もりが感じられるみたいで、何だか心強いと思っていた。
  しかし何故こんなところにこんな不自然な木の棒が落ちているのだろうか?
  木の棒は特に汚れたり、砂にまみれたりした様子はなかった。どうやら置かれてから間もないようだ。
  と言うことは、持ち主がまだ近くにいる可能性は高い。
「……それってまずくないか?」
  仮にもここは森の国だ。
  気分的にはアフリカの元紛争地帯に独り放り込まれたみたいなものだ。冗談じゃない。
  敵や侵入者と間違えて攻撃されたらどうするつもりだ。
  それにモンスターだっていっぱいいるだろう。
  ゴブリンやイノッシーにすら負ける自信が俺にはあった。
  試しにぶんぶんと木の棒を振り回してみると、そうすることは純粋に楽しいと思えた。
  木の棒が音を起てて半円を描くと、それに合わせて木葉が巻き込まれたように吹き飛ぶ。
  ゴブリンなら何とかなるかも知れない。
  俺はブンブンと木の棒を振り回し続ける。
  風切り音が心地いい。

 −−ブーン、ブーン
  −−ブンブン、ブーン
  −−ブルブル、ブルル

 

###

 

 −−ブルブル、ブルル

 またあの振動だ。
  僕は死んだのにまだ、死ねるのだろうか?
  ぼんやりと意識が覚醒する。
  僕はまだ座っている様だった。日光のおかげでポカポカと温まっている。これなら死ぬのも悪くないと思える。
  膝の上から日の温もりとは違う直接的な温かみを感じた。なんだろう?
  うっすらと目を開ける。光りが眩しい。
  ゆっくりと目線を下ろしていくと、膝の上の温もりの正体が判明した。
  あの死神様だ。
  死神様が僕の膝の上で丸くなっていたのだ。
  やっぱり愛らしい。
  そんなことを思っていても、心臓からはあの不粋な振動が伝わってくる。
  ああ、早く終わってしまえばいいのに。
  死は一瞬で訪れるなんて嘘っぱちなんだなと思った。
  「それより眠い」
  ついつい本音が漏れる。
  気持ち良く寝ていたのに、邪魔をされて多少苛々していた。
  苛々を静めるために死神様を撫でる。
  頼むから起きないで欲しい。ばれたら僕はどうなってしまうのだろうか?
  まあ、どうせまた死ぬのだし構わないと、胸の振動をあらためて感じて思った。
  思っていたのに−−

「あっ!やっぱりここにいた!!」

 日本人に声をかけられてしまった。

 

※※※

 

「あんた誰だ?」
  突然魔人に声をかけられた。驚いて見ると、どうやら同じ年くらいの少女のようだ。見た目はいたって普通だが、眼光が少し鋭いように感じである。
「誰とは何よ!嫌でも毎日顔を合わせてたでしょうが!感じ悪いわね!!」
  しばらく相手の顔をジロジロと眺めてみる。
  しかし、何故だろうか?妙な違和感を覚えた。
  目の下の泣き黒子、鋭い目つき、ツンと尖った唇。
  ……ああ、そうか。
  そこで俺はあることに気がついた。

 −−こいつはものすごく俺の知り合いに似ている。

 まったく、どこかの誰かさんみたいだ。
  しかし、顔がいくら似てるから言っても警戒心は解くわけにはいかない。
  あくまで木の棒を構える。相手が武装してなくとも、何か魔法を使われるかも知れないからだった。
「俺はあんたのことを知らない」
「はっ、何言ってんの?あんたまたそれで頭でも打った?」
  話し方まで似ていた。まさかこんなところで本人が登場するわけでもあるまい。
「うるさい、そんなわけあるか!早く名前を名乗れ!」
  どうも会話が噛み合っていない気がする。
  俺がたぶん知らないであろうこいつは、俺のことを知ってるみたいだった。
「いいから、名を名乗れよ!」
「あんたさっきから偉そうね?泣かされたいの?」
  喧嘩で負けても泣くような年齢でもない。しかも女相手に負ける気なんてさらさらなかった。
  でも女性には絶対に手を挙げたりはしたくない。
「泣かされてたまるか、こっちはこれがあるんだぞ」
  木の棒を持ち上げて相手に見せる。
「そんなのいつも持ってるじゃない。いまさら何?」
「……いつも持ってる?」
  話がややこしくなってきた。もちろん俺がこんな木の棒を四六時中持っているはずもなかった。
  と言うことは、こいつは俺を誰かと勘違いしているのか?それなら納得がいく。
「そうよ、それを持って訓練じゃいつも私に負けてるのよ!」
  負けてるのか俺のそっくりさん。
「しかも素手で!!」
  素直にそいつが情けないと思った。
「誰だか知らないけど、そいつと俺は別人だ。」
「……何言ってんの?じゃあ、あんたの名前を言ってみなさいよ!」
  名前で人のパーソナリティがわかるとは思わないが、確かに手っ取り早い確認方法だと思った。
「俺の名前か?俺の名前は久藤だ。久藤貴一、クドウキイチだ。」
  いたって普通の名前だけど、この世界で名前が被る可能性はほとんどない。ワルバ・カローナとかフォレス・アルセイドとかジン・ダークとかだからな。まったく日本人向けの名前ではない。
  だから万が一にも俺のそっくりさんと名前までそっくりさんとは思わなかった。

 −−そのときまでは

「……拍子抜けだわ。やっぱりあんたはあんたね。
次は偽名ぐらいちゃんと考えなさい」
「何だと?」
「ほら、馬鹿なことしていないで早くいくわよ!
そして生意気言ったから後で泣かす」
「待て、何を言って−−」
「もう、ぐずぐずしない!行くわよ!!」

 −−クドー
  −−クドー・キーチ

 

###

 

 僕は、クドー・キーチは、よくわからない間に、日本人の女の子に連れ去られている。
  会話は全て相手のペースだし、僕が弁解する機会なんかなかったのだ。
「ちょっと、なんで電話に出ないのよ!!」
「……電話?電話って何?
ってか君は誰?」
「はあ?何言ってんの?ちょっと信じられない!!」
  よくわからないけど僕は怒られているようだ。
「あんたは子供の頃一緒にお風呂に入ったって言う、激レア美少女幼なじみの電話を取らずにそんなわけのわからないことを言うわけ!?」
  この女の子、僕の友達にも似ているなと思った。自分のことを美少女と呼ぶとこなんてそっくりそのままだ。
  顔だってずいぶん似ている。もしかして彼女も死んじゃったのかな?
「……もしかしてハバネなの?」
「誰よその女?
寝ぼけてんの?」
  どうやら違った様だ。まあ、当たり前か。だって彼女日本人だし、ハバネは魔人だしね。
  付いてきた死神様がナーゴと、鳴き声をあげる。
「その猫、何?」
「猫じゃないよ、死神様だよ!」
「……さっきあんたが猫と行進している姿を見た!って友達から聞いて来てみれば、まったく、もう」
  呆れられてしまった。何となく悲しい。
  悲しさを紛らわすために死神様を抱き上げる。
  彼女の友達ってさっき僕を笑った日本人の女の子かな?
「それで君は誰なの?どこに向かってるの?
あっ、その前に僕の名前だね!僕の名前はキーチ!クドー・キーチだよ!!」
「……いや、あんたの名前なんて知ってるからね?」
「そうなの?」
  なんで知ってるんだろう?もしかして知り合いかな?
  いや、でも日本人に知り合いなんていない。
  今の僕の頭にはわからないことだらけだ。
「ねえ、何で貴一は猫なんか連れてるのさ?」
「猫じゃないよ、死神様だよ?」
「何故死神?そして何故様つけなの?
あんたのネーミングにはこの木梨若葉様も付いていけないわよ!」
「へえー、君ってワカバちゃんって言うんだ。
ふーん、なんかハバネに似てるね」
「だからハバネって誰?」
  なんだか会話が噛み合わない。
「っで、今はどこに向かってるの若葉ちゃん?」
「あんたの家に決まってるでしょ?
それと気持ち悪いからちゃんとか付けるのやめてよね!」
「じゃあ、どう呼べばいいの?」
「……あんたキャラでも変えた?話し方気持ち悪いよ?
私の名前なんていつも通りに様を付けて呼べばいいわよ!」
「わかった。よろしくね若葉ちゃん!」
「……ムカつくから、あんたは後で泣かす」
  ますますハバネみたいだ。でも僕の家ってどこのことだろう。
  まさか森の国の僕の家じゃないだろうし、一体どこの誰の家のことなのだろう?
  一体僕は死んだんじゃなかったのかな?

 −−ねえ、死神様?

 

※※※

 

 俺は一体全体何故こんなことに巻き込まれたのだろうか?
  気がついたらアプリの中の世界観そのままの世界に居て、しかも何故かそんな珍妙なことを一人で納得している俺がいる。
  そして、俺と姿形がそっくりで名前もそっくりな人物がこの世界にもいるらしい。
  俺はそいつと鉢合わせしないか、冷や冷やしていた。
  いや、でもいっそ鉢合わせした方が俺の勘違いも解けるかも知れないと思っていた。
「ちょっと、早く来なさい!稽古の続きを始めるわよ!!」
  何故俺は知らない誰かさんの代わりに見ず知らずの女子と戦わねばならなかったのか?
  しかもこっちは武器持ちで相手は素手だ。正直気が引ける。
「……誰だか知らないが怪我しても知らないからな」
  一応最終警告はしておいた。
「はん?ほざけ!!」
  しかし、断れた。しかもかなり腹が立つ断り方だった。
  木梨と似ているが手加減なんてするつもりはまったくない。
  と言うより、似ている分尚更腹が立った。
「いくぞ!!」
  俺は木の棒を握り直し駆け出した。

 

###

 

 僕の頭の中が面白いことになっている。素直にそう思った。
  目に付くほとんどのものが真新しく見えるのに、何故かみんな知っている。
  例えるならばなんだろう?
  例ええ方がわからないくらい奇妙な感覚としか言いようがない。だから例えられない。
「ねえワカバちゃん」
「ちゃんを付けるな!!泣かすぞコラ!!」
  ワカバちゃんは本当にハバネに似ている。口の悪いところまでそっくりだ。
「泣かさなくていいよ。それでこれが本当に僕の家なの?」
  ワカバちゃんに引き連れてこられて来たところは僕の家だった。
  僕の家なの?
  こんな家、僕は知らない。
  全く知らないはずなんだけど……。
「まさか!ノミの脳みそのあんたでも自分の家くらい覚えてるわよね?」
「う〜ん、……たぶん」
「しっかりしなさいよ!あんたの生まれ育った家でしょうが!!
おばさんが泣いちゃうわよ?」
  目の前にあるのは立派な一軒家で、僕の家とは大違いだ。
  まったく見覚えがない。
  まったく見覚えはないはずなんだけど……。
「ほらっ、見なさい!この表札を!!」
  僕からすると何かの呪文みたいな記号が書かれている木製の札が、ワカバちゃんいわく、僕の家に掛けてあった。
  記号はさっきの公園の入口と同じ種類のもののようで、これまた何故か読める。

 −−久藤

 読み方はクドウ。
  僕、クドーほとんど同じ。
  どうやらワカバちゃんは僕とこの人を間違えられているのかもしれない。
「ここをよく見て!『ワカバとその他一同』って書かれた家よ!!」
「それはどこに書いてるの?」
  表札には『久藤』としか書かれていない。
「ほらっ!ちゃんと見なさい、ここよ、ここ!!」
「うわっ、すごい!本当だ!!」
  よく見ると木目と思っていたものが、そう書かれていた。
「だからここは私の家でもあるの!わかった?」
「ワカバちゃんは家が二つあるなんてすごいんだねー」
  クドウ君も大変なんだと妙な親近感がわいた。
「さあ、そういうわけで早くしなさい」
「うん?」
  話が急過ぎてよくわからない。
「何を早くするの?」
  あっ、まずい。いつもつんつんしている唇がさらに尖った!
  ……ってこれはハバネの怒る前の危険信号だった。
  ははは、あんまりにも似てるから間違えちゃったよ死神様。
  キュッと死神様を抱き寄せて微笑む。
「……あんたは一から十まで言わないと駄目な程愚図なの?
早く家を開けなさいと言ってるんだけど?」
  あれ?心なしかワカバちゃんの声が一段階低くなった気がする。
「でも僕、この家の鍵なんて持ってない−−」
「うふふふ、何を言ってるのかな久藤君?
ここは君の家だよね?」
  背筋が凍った。
  ワカバちゃんにハバネの生き霊が取り憑いたと思うくらい怒り方が似ているから。
  ハバネの機嫌は唇を見たらだいたいわかる。尖んがる程機嫌が悪い。
  そして本気で怒る直前彼女は笑う。
  嵐の前の雲一つない快晴みたいに笑うのだ。
  ……っと言うことはこの後ワカバちゃんも−−
「待って、確かどこかにあったはずだよ!!
うん、確かにどこかにあった!!」
  死神様を降ろして、あたふたと身体をまさぐる。
  正直、鍵なんて持っているわけはないのだけど、ワカバちゃんに怒られるまでの時間を出来るだけ延ばしたかった。

 −−ゴスン

 一瞬ワカバちゃんに殴られた音と思ったけど違った。
  最初に探した時には気付かなかった、胸の内ポケットから黒い塊が落ちた音だった。
「あははは、やっぱり携帯に留守電が入ってるじゃない?
マナーモードにでもしていたのかしら?」
  黒い塊が光っていた。そうか、これが携帯と言うのか。
  それを拾おうと、ゆっくりと腰を屈めた。
  僕の額の位置が、ワカバちゃんが膝蹴りを繰り出すのに絶妙な配置にあることがすごく気になる。

 −−あれっ?

 僕はワカバちゃん越しに見えた久藤君の家の庭にあるまだ若い木に奇妙な感覚を覚えた。
  ワカバちゃんに自分でもわかる程弱々しい笑みを浮かべてから、その木に近付いた。
「えへへへ、その木がどうしたのかなー?
ねえ、貴一君?」
  頭に死亡フラグと言う謎の言葉が浮かびあがった。
  う〜ん、見たところなんの変哲もない若い木だ。
  でも僕の勘が何かを告げている。
「怪しいとこ、怪しいとこっと」
  足元には何もなさそうだったから木を見上げてみた。
  背後から僕を貫くような殺気を感じる。
  何故か身体中にまで痛みを感じた。
  新ためてワカバちゃんはすごい。ハバネくらいすごい。
  木を見上げてながら、その周りをくるりと一周する。すると僕の頭と同じような高さに小さな穴、うろを発見した。
「……怪しい」
  僕の勘が何かがここにあると告げている。
  中が見えないうろは少し怖かったけど勢いよく手を突っ込む。

 −−チリン

 何か固いものが指先に触れる。

 −−みゃー

 死神様が僕の生還を讃えてくれた。

 

※※※

 

 そのとき俺は身体中が痛かった。
  もう全てが嫌になって全部投げ出したいと思った。

 −−何故?どうして?

 そんな問いがぐるぐると頭を巡って、最終的には吐き気まで感じた程だったと覚えている。
  どうしようもないくらいの気分だった。
「ほら、早く立ちなさい!
またまだ私は戦い足りないわよ!!」
  異世界に飛んだら強くなれるなんて誰が考え付いたのだろうか?
  今はそいつをなます切りにしてやりたいとさえ思う。
「ちょっ、もっ、むっ」
「はあ?何ですか?聞こえませんよー?」
  容赦なくテニスボールくらいの火の球が無数に飛んでくる。
  俺は不様にごろごろと転がって避けることしか出来ない。
  こいつ、ハバネは絶対に楽しんでやがる。
「もう無理って言ってるだろうが!!」
  最後の力を振り絞って叫ぶ。
  自分でも最後の力の使い所を間違っている気がしてならない。
「なんかいつもよりキーチ弱くない?」
  なんだ、こいつ意味わからないくらい強かったぞ?
  クドーの木の棒なんてなんの足しにもならなかった。
  何故なら全くハバネに近付けないからだ。
  こんな木の棒で火の球が防げると思うのがどうかしているのだ。どうせ使うのなら縦にして欲しいものである。
  身体にハバネの火球を受けてひりひりしていた。もしかして皮膚が火傷でずる剥けになっているかも知れないと思ったが、怖くて見る気などはまったく起きなかった。
「いつものキーチ君でなくて悪かったな!」
  この皮肉は絶対に通じないと思ったが、言わずにはいられなかった。
「う〜ん、まだ虐めたりないけどもういいや!
飽きちゃったしね!」
  言いたい放題言いやがって、魔法なんて卑怯だと思った。もちろん俺に魔法なんて使えない。
  動けないのど寝転びながらハバネを睨み付けた。
「……やっぱ、いつもより目付きが悪い気がする」
「だから俺はクドー・キーチじゃなくて久藤貴一だって言ってるだろ!!」
「まったく同じじゃない」
「違う!断固として違う!!」
  ぶるぶると首を振る。砂埃が傷に染みた。思わず顔をしかめる。
「っ!!」
「……痛いの?」
「おかげさまでな」
「それじゃあ行くわよ!」
「この身体でどこに行かせるってんだ!」
  こいつは俺を殺すつもりなんだろうか?
「馬鹿!その身体だから行くのよ!!」
「あん?」
  こいつの言っている意味がよくわからなかった。



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