※非公式設定アリ
――夜空に浮かんだ眩い白金の月にあの夜が蘇る――
【祈りの月〜聖と闇〜】
――カツン、カツン
看守の足音が響く。
天界の牢獄。その最下層に私は捕らえられている。
物心がつく頃には此処にいた。
何故捕らえられているのか、私は知らない
牢獄の外に広がる景色を、私は知らない
親の顔も名前も、知らない
自分の名前すら…知らない
私には…何も…無い
いつもと変わらない一日を終え
眠りに就こうとした時、
ふと気配を察知した。
――パタパタ
足音に顔をあげると、
私と同じ歳位の少年と目が合った。
何故こんな所に――そう口に出そうとしたら、
先に彼が問い掛けてきた。
「お前だれ?こんなとこで何やってんだ?」
「…あなたこそ…誰?…此処が…何なのか…分かっているの?」
喋り慣れていない私の言葉はどこかぎこちない。
「わかんね―。母さん探してたら何かここに着いた」
「……迷子…」
「ち、ちげーよ!!迷ってなんかねーし!!ガキ扱いすんじゃね―!!」
彼は顔を赤くさせ、そっぽを向いてしまった。
「…ご、ごめんなさい」
「…………」
「…………」
怒らせてしまったのだろうか…
沈黙が続き、何を言えば良いのか頭を悩ませていると
彼が少し目を背けたまま口を開いた。
「…おまえ何でこんなトコにいるんだよ?」
「…私は…ずっと…此処に捕らえられているの」
「捕らえられてるって何したんだよ、おまえ」
「何も…してないけど……魔族だから…かな…」
「変なの」
「…変なの?」
「変だろ、何もしてねーのに捕まるなんて。逃げちまえば?」
私は彼を慌てて制した。
「だ…駄目だよ、看守が…いるし…それに私…外の事…何も知らない…から…」
「…………」
「…………」
「おまえ名前は?」
「K4209…」
「ちげーよ、本当の名前」
「……名前…無い…」
自分で言って何だか少し悲しくなる。
「ふーん……。じゃあオレの名前やるよ」
「え…」
「オレはジン=ホリィ。この名前、やるよ」
「!」
「あ―でも同じ名前だと紛らわしいな」
彼は腕を組んで暫し考え
「ホリィ…ホーリー…聖…闇……ダーク!ジン=ダークなんてどうだ?」
「ジン=ダーク…」
「嫌か?」
「……ううん」
「じゃあ今からおまえの名前はジン=ダークだ」
「ジン=ダーク…私の…名前…」
初めて与えられた自分の『名前』に胸が熱くなった。
瞳に暖かいものが溢れ、自然と微笑みが浮かんだ。
「嬉しい…ありがとう…ホリィ」
「―――ッ別に、そんな大した事じゃねーだろ」
そう言って彼はまた顔を赤くさせ、瞳を逸らした。
けれど先程とは違いその口元には笑みが浮かんでいて
私はつられてまた微笑んだ。
「!やべ、母さんとこ行くの忘れてた!!」
「…ここを右に曲がってまっすぐ歩いたら、多分…出口だと思う」
「だから迷子じゃねーよ!!まぁいいや、じゃあなダーク!また明日、外の事とか教えに来てやるよ!」
「――うん!!」
何も持っていなかった私は
その日から『名前』と『光』を手にした。
「太陽見たことねーのかよ!?」
「う…うん。タイヨウ…って何?」
毎日、看守が離れる少しの時間に
彼はこっそり私に会いに来てくれた。
「晴れてる時、昼間に空に出てるんだよ。じゃあ月も知らねーのか?」
「ツキ…何だろ?」
「月は……口で言うより見た方が良いな。見せてやるよ、いつか必ず。約束だ!」
「うん!」
牢の柵のわずかな隙間に伸びてきた彼の小指を自分の小指で結ぶと
暖かな温もりが伝わってきた。
彼はいろいろな話をしてくれた。
私は喋る事に幾分慣れていった。
彼と過ごす時間が幸せだった…。
――聖は闇に歩み寄り
闇は聖に歩み寄った
だが白金の月が照らす夜
闇は再び暗い暗い漆黒へと舞い戻る――
「ダーク、今日はすっげー綺麗な月が出てるんだ、見に行こうぜ!」
「え!?」
「前に約束しただろ」
「で、でも…」
「大丈夫だって!面倒な看守は小突いて寝かせといたから」
「……ホリィ、暴力はダメよ」
言うが早いか彼は乱暴に牢の柵を壊してしまった。
「良いから行くぜ!」
彼が手を差し伸べた。
駄目な事だと理解しつつも
外の世界を見てみたい
…彼と一緒に月を見たい
その思いが勝り
私はその手をとった。
手にしたものを失う事になるとも知らずに――
彼に付いて走り、白金の輝きが見えてきたところで
叫びにも似た声が響いた。
「いたぞ!!逃がすな!!」
「待て!!K4209!!」
彼の眉間にシワが寄る。
「ちっ、もう起きたのかよ!!」
「ホリィ…」
「心配すんな、ぜってー月、見せてやる」
必死に逃げたが、分が悪く
とうとう囲まれてしまっ。
「もう逃げられんぞ!」
「大人しくしろ!」
看守達の怒声が響く。
彼の手が私の手を力強く握った。
こんな状況でも怖くはなかった。
……次の瞬間までは……
「ジン=ホリィ!!貴様も無事で済むとは思うなよ!!」
「うるせぇ…かかってこいよ。てめぇら全員たたっ斬ってやる!!」
――ドクン
聖が闇に堕ちる…直感してしまった。
闇にいるのは私だけでいい。
聖を闇に引きずり込んでしまってはいけない。
どうすれば――
……聖を闇から突き放すしか…道は無かった……
私は看守の剣を瞬時に奪い取り
それを、ホリィに、突き刺した
「ダー…ク…?」
彼が眼を見開いて私を見る。
「な、何だと!?」
「どういう事だ!?」
看守達は呆気にとられ
彼と私を交互に見やる。
急所を避けて突き刺した剣を引き抜くと
彼は力無くその場に崩れ落ちた。
「ずっとこの機会を狙っていたの…感謝してるよ」
心臓が…騒ぐ…
目眩が…する…
「……おまえ……オレを…裏切…」
彼が苦しそうに声を絞り出す
「……さようなら、ホリィ…」
私を捕らえようと向かって来る看守達を魔法で吹き飛ばし
その場を走り去った。
「…ダ…―…ク……」
彼の声に気付かぬフリをして…
聖なる光の輝きが闇に汚れぬ事だけを願って…
ただ走り続けた……
初めて瞳に映った『月』は
酷く歪んで見えた…
――眩い白金の月が
激しくぶつかり合う聖と闇を照らす――
「いつまでも逃げてんじゃねーよ、K4209!!」
「…逃げているのはあなたの方じゃないの?」
「――てめぇ!!」
私を倒す事で手柄をたて、あなたは更に上を行けばいい…
そう願っているのに、あなたは私にとどめをささない…
いつもどこか悲しそうに私に刃を向ける…
…何故そんな表情をするの?…嘲笑いながら私の息の根を止めてくれれば良いのに…
闘いの最中
聖と闇は月に祈りを捧げた
――月よ…どうか…光が闇を散らし更なる輝きを手に入れる導きとなれ――
――月よ…どうか…闇が再び光を求めて歩み寄る架け橋となれ――
二つの祈りは月に届くその前に
刃が交わる音にかき消された…
〜 fin.〜